こうしたSaaSモデルならではの戦略は今でこそ有名になりましたが、創業当時はなかなか理解してもらえませんでした。「月額いくらのサービスを何人が利用していて、解約率何%なので、ライフタイムバリューはいくらになる。最初は赤字でも資金投下すべき」と説明しても、投資家ですら数字の意味をわかってくれない。ARR(Annual Recurring Revenue:年間計上収益)1億円になっても、買い切り型のソフトを開発する小さな企業と同じ扱いをされていました。

5億円の調達資金を全てテレビCM費用に

――IT業界では以前から上場をうわさされていました。

 実は、2011年頃に上場を検討していました。契約数も順調に増えて黒字化していたため、実際に上場準備まで進めていました。

 ですが、会社設立時に描いていた目標を何ひとつ達成していなかった。足元のエコノミクスは良くても事業の規模が小さく、こんな爪に火をともすような状態で上場しても意味がない。いったい自分は何のために起業をしたのかわからなくなってしまったんです。

 そこで勝負の仕方をガラッと変えるため、もっとアクセルを踏みこもうと決めました。具体的には、シリーズAで調達した5億円を全額テレビCMに投下したんです。シリーズEまですべての調達ラウンドで「これが最後の調達」と言いながら、結果的に何度も調達を繰り返してしまいました。

――BtoBサービスのテレビCMは珍しく、大きな話題になりました。

 初めて放映したのは2013年のことです。当時BtoBの会社でテレビCMを放映していたのは一部の会計ソフトくらい。BtoBのSaaSとしては初めてのCMでした。

 前例がないケースなので、制作を打診した会社の多くには、けんもほろろな扱いを受けました。テレビCMではクリエーティブがほとんどといっていいほど大事です。多くのクリエーターを回る中で出会ったのがTUGBOATの岡さん(代表の岡康道氏)で、彼からはたくさんのことを学ばせてもらいました。

 当時、名刺管理サービスは「Link Knowledge(リンクナレッジ)」という名前だったのですが、「それでは(名刺管理サービスだと)わかってもらえない」と指摘されました。また、当初はテレビCMにかけるコストは1億円程度の予定でしたが、「砂漠に水をまくようなものだ」とも言われました。

 (5億円のテレビCMは)一見すると大胆な投資ですが、私たちの中ではきちんとロジックが立っていました。まだまだマーケットを拡大する余地があり、ライフタイムバリューも高いため、知名度向上にもっとコストを割くべきだと考えたんです。この見込みは予想通りで、テレビCMは認知度向上に大きく貢献しました。