東日本大震災の際の
支払い対応での失態

「さてと…集まったかな」

 支店長がタブレットの画面を確かめる。

「とんでもない正月になってしまったけど、今年もよろしく頼みます。さて、新年早々に集まってもらったのは他でもなく、能登半島の地震に関して徹底しておきたいからです。まず、この中に北陸方面、新潟、福井も含めて、その地方の出身の者がいたかな?あるいは今、親や兄弟、親戚が住んでいるとか」

 会議の参加者全員が画面をのぞき込むが、誰も挙手のリアクションはない。

「そうか、ならばおのおのの支店で部下やパート社員も含めて、今日の早い段階で全員に確認をとって報告してくれ。全員合わせて160人いるんだから、少なからず該当者が出てくるだろう。いれば見舞いをしたいんだ」

 そして、本部からの緊急指示に話を移した。被災者に対して、通帳、キャッシュカード、印鑑なしで支払いに応じる特例対応だ。この特例対応は、有事の際に本部から指示が入り発動される。私の銀行が特別にサービスしているわけではなく、業界団体である全国銀行協会が、加盟行全行に対して対応を要請するものだ。

「気をつけろよ。慣れてないとか知らなかったじゃ、済まされないからな。対応してもらえなかったとか、SNSなんかに簡単に上げられてしまう時代なんだよ、今は。うちが最後にこの対応をしたのは東日本大震災の時だから、もう10年以上前になるし、若手なんか経験してないから、窓口で断ってしまうかもしれん」

 東日本大震災の際、福島県の東邦銀行では停電や通信手段の断絶にもかかわらず、通帳も印鑑もカードも紛失した被災者に対し、1日10万円までの払い戻しに応じた。さらに、行方不明者の親族に対して、法的な相続手続き前であっても上限30万円(後に60万円)の払い戻し請求に応じた。

 一方、我が行は2度目のシステム障害を引き起こし、3月17日には東北地方を含む全店舗のATMを停止。3月の3連休は休日返上で窓口を開け、通帳やカードのないお客にも10万円までの引き出しに応じた。だが、預金がないにもかかわらずうそをつき10万円を引き出した者が続出し、混乱はなおも続いた。このあたりは拙著『メガバンク銀行員ぐだぐだ日記』に詳しく記してある。

 東日本大震災の時のような失態を犯してはならない…支店長もそのことを踏まえ発言したのではないだろうか。