万一銀行がだまされたら
誰が責任を取るんですか?

「これは大事なところなんで、開店前にしっかり徹底しておくように。あー、そうだな。目黒課長に4支店の取りまとめと徹底を頼みたい。いいね?」

「かしこまりました」

 長老の私には、いつもこうした取りまとめ役が回ってくる。開店まで残り15分しかない。限られた時間内で、この重要な徹底事項を確実に遂行するのはなかなか難しいことだった。

 まず「能登半島地震の被災者が横浜エリアの支店に現れるわけがない」という先入観がある。でも、絶対に来ないだろうか?1日の地震から3日経過し、みなとみらい支店に来ないという確証はない。

 0.1%でも可能性があるのなら、万全を期しておかねばならないのが銀行の姿であるが、部下たちの心の中では「どうせ来るわけがない」と思っている。そこに油断が生じて、銀行はとかくミスを犯す。これがヒューマンエラーの根本的な原因だと、私は考えている。

 被災者の中には着の身着のまま避難所に駆け込んだ人もいる。運転免許証やマイナンバーカードを入れておいた財布すら、罹災した家屋に置いてきてしまった人もいる。銀行にとって真の預金者であるかどうかを判断するためには、本人確認資料の提出が必須だが、そうはいかないケースが有事には起こり得るのだ。

 銀行窓口にとって、本人確認手続きは生命線ともいえる作業である。本人確認資料がないのに、どうやって本人であることを確認できるのか。経験の乏しい若手担当はそう思うだろう。案の定、会議を終えると1分もたたないうちに、馬車道出張所の名波課長代理から電話があった。

「目黒課長、今いいですか?通帳も印鑑もキャッシュカードもない。本人確認資料もないかもしれない。そんな人にどうやって預金の引き出しに応じるんですか?」

 やはりこの質問だ。

「名波代理、年に何回か緊急事態における店頭対応訓練でもやってるだろう?可能な限り本人しか知り得ない情報を、本人に間違いないと確証が持てるまで質問するんだよ」

「いや、私が聞きたいのは、万一銀行をだまそうとした人に支払ってしまったとき、誰が責任を取ってくださるのかということです。わかりますか?」