ステークホルダーとのあいだにある「見えない壁」

 その理由は、味の素と社内外のステークホルダーのあいだに、「見えない壁」があったからです。その見えない壁とは、社長を筆頭とする経営陣が、気がつかないうちに自らがつくってきた壁でした。

 外部のステークホルダー、たとえばアナリストはいつも、業績数字の開示だけを細かく要求しているように味の素の経営陣は考えてきました。

 しかし、実はこれは表層上の要求事項でした。企業の業績が低下しだすと、アナリストの本当に聞きたい質問は、「業績の底の見通し」でも、「業績予想」でもありません。「経営陣が自らコミットした数字をやり切る覚悟があるのか」「経営基盤であり、土台となる企業文化・風土が健全で、部門間の風通しがよく、全社で同じ方向を向いているかどうか」そして、「社長が『覚悟』をもってリーダーシップを発揮しているかどうか」などに移ります。

 ですが、それを直接的に批判するのは、はばかられるので、遠回しに「言うべきことを言わない会社」と言ってきただけだったのです。

 事実、パーパス経営に転換して、西井社長の言葉で、考えていることをしっかりと発信するようになってからは、業績が上がりはじめるよりも先に、社外のステークホルダーから「社長の覚悟が見える」などの非常にポジティブなコメントをいただくようになりました。

 事業パフォーマンスが上がってくると、仲良しグループに安住しがちだった従業員も社長の覚悟を感じて、チャレンジすることに目覚めます。こうして、エンゲージメントも自然と上がりました。

 ステークホルダーが本当に見たいのは、経営陣が壁を取り払って始めて見える経営陣や社長の信念と覚悟だったのです。