「出版社社長・年俸ウン千万円」の求人に見る
多様化・複雑化に頭を抱えるメディアの現場

 一方、業界の将来を占う面白いお誘いもありました。「出版社社長・年俸ウン千万円」が2社。大体同じ年俸で「台湾の出版社の日本支社長」というものもありました。年俸は正直、文春の社長より高額です。この時代に、高給で出版社の社長を募集する会社があるのだろうか、と興味を持って見てみました。

 会社名は書いてありませんが、会社の規模や従業員数はその時点で明らかにされています。出版社より10倍は大きい会社ばかりですから、大体想像がつきました。たぶん、ゲームの会社でしょう。今はコミック→アニメ→ キャラクター→ゲームという商品化の流れができていて、そのうちコミックからキャラクターまでは出版社が独占しています。しかし、ゲーム会社が自前の出版社を持ち、この流れを作れるようになれば、もっとゲームにとって理想的な原作やキャラクターが誕生するはずです。

 コミック編集者などは、転職サイトで高給を出せば集められますが、日本の場合、出版界の仕組みは複雑です。書籍は再販指定商品であるだけでなく、書店に本を貸して、売れなかったぶんだけを返本するシステムです。仲介する卸売業界もいくつもあり、出版社各社でその流通会社との取り分の約束も違います。またアマゾンなど、ECサイトでの読み放題などの条件は相当複雑なのですが、こうしたすべてのプロセスを理解している人間はそうはいません。

 というのは、出版界はオーナー会社が多く、講談社、小学館、新潮社はその代表です。集英社は小学館の子会社で、光文社は講談社の子会社。そして、コミック大手の白泉社は小学館の子会社です。となると、社業全般を見るだけでなく、それぞれの狭い人脈も一人で把握している人材は極めて少ないのです。 だからといって、別に他業界ほど経営が難しいわけではないのですが、他業界からの参入障壁は高いと思います。そうした事情から、私なんぞに声がかかったのだと思います。

 私の場合、文春が社員持ち株式になっており、しかも編集を経験したあと役員となって、編集優位すぎる会社の体制を変えるため、「編集プラス営業」「編集プラス広告」「編集プラス物流」と大体この世界のややこしいところを経験し、業務に精通していたので、まあ、出版社の運用に必要な人材や部署などを、全般的に考える機会はありました。

 思えば、前述のような会社を紹介してきた転職サイトは1社だけ。ちゃんと私の経歴を読んでいたからこそ、声がかかったのだと思います。私も年俸には驚きましたが、やはりジャーナリズムで食べてきた人間。専門でもないコミックを主力とする会社の社長をすること、それにコミックを知らない社長を上にいただく社員の気持ちを考えると、応募する気にはなりませんでした。ただ、出版界の皆さんには、いつまでも「コミック→アニメ→キャラクター」の全盛期が続くとは限らないことを、肝に命じておくべきだとは思います。

 さて、自分の話ばかりしましたが、デジタル転職はもう一つの革命を起こしていることに、大学の関係者が気付いていないことが心配です。自分のゼミの生徒に(実際に卒業後1年で会社を辞めた人間もいますが)、転職サイトに登録させました。これからは転職の時代。終身雇用の意識を変えるため、最初から心の準備をさせようと考えたからです。が、悲鳴のような声が上がってきました。