AI半導体 エヌビディアvsトヨタ 頂上決戦#1Photo:JIJI

米半導体大手エヌビディアと英半導体設計アームが合併するという世紀の統合劇のチャンスを逃した一方で、アームの巨額IPO(新規株式上場)を果たしたソフトバンクグループの孫正義会長兼社長。いまやグループ最大の資産になったアームを中核に据え、AI(人工知能)の頭脳となる半導体戦略を推進する体制を敷いた。特集『AI半導体 エヌビディアvsトヨタ 頂上決戦』の#1では、孫氏が描く新戦略の全貌に迫る。(ダイヤモンド編集部 村井令二)

エヌビディアとオープンAIを逃した孫氏
「生成AI」と「アーム上場」で戦略を再構築

「生成AI(人工知能)にはとてつもない可能性がある。これを本気でやっていかなければならない」

 2023年5月9日、ソフトバンクグループ(ソフトバンクG)と国内通信会社ソフトバンクの本社ビル(東京都港区)の大ホールで熱弁を振るっていたのは、グループ総帥の孫正義会長兼社長だ。 

 ホールに集まっていたのは、ソフトバンクとLINEヤフーのエンジニアらおよそ400人。近年、孫氏は、ソフトバンクG傘下のソフトバンク・ビジョン・ファンド(SVF)などの投資事業に専念して、国内通信事業のソフトバンクの経営から離れていた。そんな折に、孫氏肝いりの会合が開かれたのは、生成AI市場拡大のビッグチャンスを掴むために他ならない。

 この会合で孫氏は、ソフトバンクとLINEヤフーのエンジニアらに、グループの総力を挙げて生成AIを推進する大方針を伝えると共に、積極的にビジネスのアイデアを出すように呼び掛けた。

 生成AIブームのきっかけは2022年11月。米オープンAIが対話型AIのチャットGPTを公開したことだ。23年1月には、米マイクロソフトがオープンAIに、1兆円規模を出資する方針を発表した。

 チャットGPT登場の衝撃に孫氏は敏感だった。実際に孫氏は、マイクロソフトの出資発表に先駆けて、オープンAIのサム・アルトマン最高経営責任者(CEO)と協議して「1兆円を入れる」と提案していたという。結果的にソフトバンクによるオープンAIへの大型出資が実現することはなかったが、こうした協議を通じて孫氏はアルトマン氏との関係を構築した。

 一方で、生成AIの普及と共に躍進を遂げたのは米半導体大手のエヌビディアだ。孫氏は、エヌビディアのジェンスン・フアンCEOとも親交が厚い。

 孫氏は、16年に発表した英半導体設計アーム・ホールディングス(当時はアーム)の買収の直後に米カリフォルニアの自宅にフアンCEOを招いて「次はエヌビディアを買いたい」と切り出したという。孫氏は、エヌビディアを非上場化した上でアームと合併させるという壮大な構想を温めていたのだった。

 この構想は合意に至らなかったが、20年9月に、ソフトバンクGがアームをエヌビディアに売却して両社を合併させる計画で合意している。だが、これも米英当局やアームの顧客による反発で実現することはなかった、それでも2度に渡るエヌビディアとアームの合併協議を経て、孫氏はフアン氏との関係を強めていった。

 孫氏とフアン氏を結びつけたアームは23年9月に単独で大型IPO(新規株式上場)を果たした。これにより、SVFの運用成績の低迷に苦しんでいたソフトバンクGは息を吹き返した。ソフトバンクGは上場後もアーム株式の88.1%を保有しており、いまやグループの中核資産に位置付けている。

 孫氏は、ソフトバンクGのAI戦略を再構築。半導体分野でエヌビディアとアームの関係を軸にしながら、生成AI市場の覇権争いに挑んでいく構えだ。

 次ページでは、孫氏が描く「AI半導体・新戦略」の全貌に迫る。今後ソフトバンクGは、エヌビディアだけではなく、マイクロソフト、グーグル、アマゾン・ウェブ・サービス(AWS)ら米テック企業との「協業と競争」を繰り返していくことになるが、果たして、ソフトバンクGに勝算はあるのだろうか。