人材不足が課題となっている現代において、リスキリングが脚光を浴びる一方で、スキルのリユースが新たな人材戦略として有効と考えられ始めている。休眠状態にある熟練技術者の再活用が進める美容業界のチョキペタの事例がその可能性を示す一例である。競争の激しい職場を離れたプロフェッショナルたちが、どのようにして自身のスキルを再活用し、社会に貢献できるのか。この点について詳述しているのが、コンサルタントとして売上数百億~1千億円規模の企業の業績向上と組織変革を実現してきたノウハウを、知識創造理論の世界的権威である野中郁次郎・一橋大学名誉教授の監修を踏まえてその知見を学術的な観点も踏まえて著書にまとめた経営者・高橋勇人氏の『暗黙知が伝わる 動画経営 生産性を飛躍させるマネジメント・バイ・ムービー』だ。今回は、同書から特別に抜粋。高齢化社会における新しい人材活用のモデルを考察し、スキルのリユースがもたらす未来の可能性を探る。

休眠美容師Photo: Adobe Stock

新しい時代には新しい業態があらわれる

 いつの時代にも新しいタイプの業態が誕生するが、ユニークな採用戦略で成長を続けるチョキペタは美容業界の新星と見られている(同社の事例の詳細記事【驚きの採用戦略】成長を続ける会社の超効率的社員育成法)。

 日本においてボリュームゾーンである第2次ベビーブーマーの50代をコアターゲットに、「いつでも小ぎれいでいたい」、しかし「コストはあまりかけたくない」というニーズに訴求している。つまり、マーケットサイズが大きい。

 このニーズを満たすために、休眠美容師という、低コストで雇えて一定の技術を持っている人を集め、そこにカットも含めたオペレーションの標準化という手法を持ち込んだ。

急成長を支える再現性

 業態は違えど、急成長したチェーン店と言えば、かつての牛角や各回転寿司チェーン、記憶に新しいところだと、いきなりステーキや、チョコザップなどの名前があがる。急成長期に最も大切なことは再現性である。

 特にチョキペタの場合、顧客は同じ店に定期的に通い続けるため、実は1顧客当たりのライフタイムバリュー(LTV:生涯価値)が高い

 仮に、1回当たりの平均単価が2500円として、2か月に1度10年間通ってくれた場合、1顧客からの累積売上げは、2500円×年6回×10年=15万円にもなる。よって、1回当たりの満足度をどれだけ高く維持できるかが勝負の分かれ目となる。

 ターゲット顧客が明確なだけに、出店戦略も立てやすい。商圏分析を行えば、全国に何カ所くらいの出店余地があるかも正確に算出できる。

高齢化社会におけるスキルの再活用

 日本の構造問題として、国民の3人に1人が高齢者として年金を受け取る側にいて、さらにその人たちに対する介護支援が必要となる世界が訪れている。

 見方を変えれば、年金受給者は一定のスキルを持って長期間働いてきた人たちなので、彼らの知識やスキルを借りるビジネスがもっと出てきてもいい。

 リスキリング(技能再習得)がひとつのブームになっているが、スキルのリユース(再活用)も考えるべき大きなテーマではないだろうか。「生涯現役」はけっして悪いことではなく、彼らに活躍の場を用意して再び輝いてもらうことは、社会全体で見ると大きなメリットがある。

休眠理容師、休眠看護師でも、もういちど働ける?

 チョキペタでは「休眠美容師」という概念だが、「休眠○○」はあらゆる職業にあるのではないか

 チョキペタでも、カラーリングを短時間で仕上げるコツ、店内スタッフ全員でお客様の仕上がりを褒めるルールなど、暗黙知の形式知化、すなわち表出化がさかんに行われている

 早稲田大学大学院経営管理研究科教授の入山章栄氏がこのチョキペタの例で着目したのも、休眠美容師の活用という点だ。

「多くの美容師は20代の若い女性の髪を切りたくて美容師になったわけです。しかし、この業界は競争による新陳代謝が激しく、一定年齢を越したら仕事から離れてしまう。チョキペタがそこに目をつけた。あなたでもこんなふうにやれば、もういちど働けますよ、と。うまいなと思いました」

ムリ・ムダ・ムラを削減を一気に

 私はチョキペタの動画を見て、トヨタとリクルートが合弁でつくったOJTソリューションズという会社のことを思い出した。トヨタの工場で経験を積んだベテランの元社員が、そこで叩き込まれたトヨタ生産方式をサービス業を含めた別の企業に移植する。

 その場合、まず現場に足を運び、ムリ・ムダ・ムラを削減するにはどうしたらいいか知恵を絞る。

 ムリとは「設備や人の心身への過度の負担」を、ムダとは「原材料費や人件費などの原価のみを高めてしまう要素」、ムラとは「仕事量や人への負荷のバラツキ」を指す。

 それを探るために、行動の一つひとつをビデオで撮影し、作業ごとの作業時間と歩行時間を1秒単位で計測してグラフ化する。それを見れば、どこにムリ・ムダ・ムラがあるのかが明確になる。

 たとえば、室内のレイアウトが悪くて歩行時間が過大になっている場合、それを減らすようなレイアウトに変えるだけで作業効率はアップする。

 カラーリングのスピードアップに関する一連の短尺動画を見てもらうことは、このプロセスを一挙に行っているのと同じことなのだ。

スキル不足を解消してくれる動画

 繰り返すが、休眠人材は美容師に限らない。休眠理容師だっているだろう。コロナ禍では、一線をリタイアした看護師の存在がクローズアップされ、各地のナースセンターなどが復職の呼び掛けを行ったことは記憶に新しい。

 そうした「手に職系」の休眠人材が現場に復帰する際、休職期間に応じて、当然、求められる能力やスキルが不足する。その際、チョキペタのように短尺動画をうまく活用すると問題が解決する可能性が高まる。

 また、動画は別の目的にも活用できるのではないかとも考えている。何かと言えば、採用広告である。いくつかの動画を組み合わせ、チョキペタのホームページやユーチューブなどを通じて発信すると、人材採用につながるよい導線がつくれるのではないだろうか。

 日本経済はマクロレベルで見ると人手不足に陥っている。短尺動画はその解決の一助になることができるかもしれない。

*この記事は、『暗黙知が伝わる 動画経営――生産性を飛躍させるマネジメント・バイ・ムービー』(ダイヤモンド社刊)を再編集したものです。