徳成 それは、光栄ですね。そんな朝倉さんが、今なぜアニマルスピリッツが必要だと思っているのか是非お聞きしたいと思います。

朝倉 僕はスタートアップの世界にいる人間なので、その世界から見ての感覚にはなりますが……。近年、世の中全体でスタートアップの重要性が認識されるようになって、国を挙げてスタートアップを応援していこうという機運が高まっています。

 それはとても良いことだと思うんですけど、じゃあスタートアップを今の何倍増やしていこうとかそういった話をするときに、どうしても議論の行き着くところがお金になってしまいがちなんですよ。

 僕もベンチャー・キャピタリストとしてお金を扱う仕事をしていますから、お金は非常に大事だと思いますし、お金がないことにはなかなかインパクトのあるスタートアップが出てこない、というのもよくわかります。

 ただ、ちょっと議論が表層的過ぎるといいますか、お金さえ出せば簡単にインパクトのある会社が作れると思われている節があるのではないか、という印象も受けています。スタートアップの世界に身を置く利害関係者としてはありがたい話ではありますが、天邪鬼なところもあり、安易な議論に流されることの危険性を感じていたんですね。

 では本当に世の中に対してインパクトのあるスタートアップを増やしていくためには何が必要なのか。もちろんお金は大事だという前提があったうえで、それ以上に起業しようと思う“人”こそが大事なはずですよね。

 その“人”の原点は何なのかといったら、これこそがアニマルスピリッツだと思うんですよ。先ほど徳成さんがおっしゃっていた経済学者・ケインズの言葉ですが、ちょっと乱暴な説明をすると「自分で何か一つ大きなことをやってやろう!」というような精神。ケインズのような知性の塊の人から出てくるとは想像がつかないような、野心的で動物的な衝動ですね。

徳成 理性とは正反対のマインドとも言えるでしょうね。

朝倉 おっしゃるとおりで、理性で考えたらスタートアップなんてやる必要はないんですよ。リスクも大きいし、やってみたら大変なこともいっぱいあるし。そつなく生活していければいいと思うのであれば、事業基盤の安定した企業で働いているほうがよほどいいわけです。

 それでもなぜ自分で思い切ってチャレンジしようとする起業家が現れるのかといったら、それは動物的な本能といいますか。やってやりたいという意欲、気持ちがあふれ出て抑えられないからだと思うんです。

 お金というのはあくまでそういった衝動を支えるための道具。僕はこの本質から目をそらしてはいけないと思っています。それゆえに、スタートアップの促進を狙うにあたっていちばん大事な要素であるアニマルスピリッツを会社名、ファンド名に用いています。

 そんな思いを持っていたところに、徳成さんの著書の最初に、「アニマルスピリッツ」という言葉がビシッと出てきたものですから、非常に嬉しい驚きを感じているところです。

CFOのマインドセットが変われば、日本経済は変わる【書籍オンライン編集部セレクション】徳成旨亮(とくなり・むねあき)
株式会社ニコン取締役専務執行役員CFO
慶應義塾大学卒業。ペンシルベニア大学経営大学院(ウォートン・スクール)Advanced Management Program for Overseas Bankers修了。三菱UFJフィナンシャル・グループCFO(最高財務責任者)、米国ユニオン・バンク取締役を経て現職。日本IR協議会元理事。米国『インスティテューショナル・インベスター』誌の投資家投票でベストCFO(日本の銀行部門)に2020年まで4年連続選出される(2016年から2019年の活動に対して)。本業の傍ら執筆活動を行い、ペンネーム「北村慶」名義での著書は累計発行部数約17万部。朝日新聞コラム「経済気象台」および日本経済新聞コラム「十字路」への定期寄稿など、金融・経済リテラシーの啓蒙活動にも取り組んできている。『CFO思考』は本名での初の著作。