CFOのマインドが変わるだけでも
世の中は変わる

――CFOというのはもっとアニマルスピリッツが求められる役職で、海外ではそこが明確にされているんですよね。でも日本の場合、役員はもちろん社員一人ひとりもなかなかアニマルスピリッツを発揮しにくい環境にある印象があります。

徳成 私は三菱UFJフィナンシャル・グループの部長をやっていたとき、頻繁に海外IR(企業が株主や投資家向けに経営状況や財務状況、業績の実績、今後の見通しなどを広報するための活動)に行っていました。そこで膨大な資料や本を読んで、分厚い想定問答集を作って、何を聞かれても完璧にパッと答えられるように準備していたわけです。

 ところがロサンゼルスに着いて最初に会った投資家は、いきなり「あなたの会社のオフィスの温度は何度に設定されている?」と、こう来たわけです。

 株価もROE(自己資本利益率)もまったく関係ない。折しも地球温暖化が話題になり始めた頃でしたから、「日本もオフィスの温度を28度にしなきゃいけないね」などと言い始めていて。その投資家も、どうせそのようなことを言うのだろうと思っていたら、彼は「GAFAの温度を知っているか? 21度だ」と言うんですよ。

朝倉 それはずいぶんと低いですね。

徳成 なぜかというと、人間は少し寒いぐらいのほうが脳が働くからだ、と。あなたの会社は優秀と言われる人たちを多く雇っているのでしょう、そういう人たちになぜ最高の環境を与えないのですか、というようなことを言われたのです。

 でないと地球が滅びる前に日本が沈没するぞ、と。そして、そういう能力のある人たちのやる気を引き起こして、グローバルで戦えるように育てていくのが君の役割だろう、と言う。そういったことを問われるとは夢にも思わなかったので、すごく驚いたのです。

 これはつまり、CFOとして企業を運営しているからには働く人たちのアニマルスピリッツを引き出せ、そう言われたわけでもあります。そして自分自身も、「あなたのアニマルスピリッツはどこにあるのか?」と問われた気がしたのです。

朝倉 それが先ほどおっしゃっていた、単なる金庫番ではなくて、もうちょっとリスクを取ることにつながるわけですね。

徳成 たとえば「ここまでのマイナスを許容するとすれば、このぐらいのキャッシュや資本は使えるから、ここまで使いましょう」と他の役員を調整して回る、といった役割ですね。すでに確立されている企業のCFOが、そんなふうに前向きにマインドセットを変えるだけでも世の中は少し変わっていくかな、と思うのです。

 朝倉さんは、私とは違いスタートアップの世界に身を置かれていますが、その立場から見て、アニマルスピリッツを盛り上げていくためには何が必要だと思われますか?

朝倉 おっしゃるとおり、僕も個人レベルの意欲が非常に大事だと思っています。先ほど「ChatGPT」のお話が出てきましたが、たしかにAIが発展してきたら、人間のかわりに機械がやってくれる業務はどんどん増えてくると思います。でも、機械には「何かしたい」「こういうことがしたい」という思いはない。それがあったら、それこそディストピアの世界です(笑)。

 人間だからこそ湧き出るそういった意欲を大事にしてあげられる環境なのか? そこを問うことが大事だと考えています。

徳成 リクルートの創業者・江副浩正氏は、「みずから機会を創り出し、機会によってみずからを変えよ」という言葉を残していますが、あらためてこの言葉の重みを感じます。

 みずから機会を作るというのは重要。たとえば私も、今回このようにみずから本を書かなければ朝倉さんにお会いすることもなかったでしょうし、朝倉さんが僕の北村慶名義時代の本を読んでくださっていたことも一生知らずに終わっていたわけじゃないですか。だからちょっと動いてみる。

 僕はいつも若い方たちに言っているんですけど、みずから動くってことをもっとやろう、と。一歩、いや半歩踏み出すだけで人生は変わるよ、と強く思っているのです。

第2回に続く)