「欲しい、欲しくない」
両方の気持ちがあっていい
20代半ばを過ぎた頃、ジュエリー職人を志して専門学校で彫金を学び始めた。しかし授業が予想以上にハードで体調を崩し、20代後半で職人の道を断念する。
「人生プランが壊れてしまったように感じて、この先どうやって生きていこうと思った時に、結婚や子どもを持つという課題が目の前にせまってきたんです」
パートナーもまた、幼少時から複雑な家庭環境で過ごし、苦労をしていた。「結婚というカタチや子どもを持つことにこだわらず、互いに心地良い関係性を築くことが大事」という考えの持ち主だ。互いの両親とは距離を取っていたので、親たちから子どもの話題が出ることもなかった。
「むしろ私の方が、子どもを持つことにこだわっていました。いま思えば『女性は結婚して子どもを持つべき』という一般的な価値観にとらわれていたのだと思います」
子どもがいないとパートナーが離れてしまう、というプレッシャーも感じていた。しかし、子どもを持つことを真剣に考え始めると、改めて「子どもは欲しくない」という気持ちが湧き出した。当時、家族連れを見ると、不意に涙が出たり動悸が激しくなったりした。どうしても、ヤングケアラーのように弟を世話せざるを得なかった頃を思い出してしまう。
「人生の大半をまたあんな気持ちで過ごすのかなと思ってしまうんです。30代になった頃には、これまでと全然違う人生をやり直したい。そうすれば子どもが欲しいと思える人生を送ることができるかも、と思うようになりました」
悩むケイコさんに、パートナーは「子どもを産める環境が整ってからでいいんじゃない?」と、ケイコさんの気持ちが穏やかになることのほうが大事だと諭した。
気持ちを整理するために、20代後半のときからカウンセリングを受け始めた。30代半ばにNPO法人の運営する大学にも通いはじめ「当事者研究」という講座で自分の体験を人と共有したり、意見をもらうという実践を通して、自分を客観的に見るように。
「子どもを見るとつらくなる自分を責めていましたが、出会った人たちに子どものときの経験を話すと『それは大変だったね』と理解してもらい、子どもを欲しくないという自分の気持ちを少しずつ受け入れられるようになりました」
30代後半になり、子どもを持たない女性を支援する「マダネ プロジェクト」の存在を知るが、「まだ子どもを持たないとはっきり決めたわけではないし、不妊治療を経て子どもを諦めた人のほうが悩みが深いのでは」という引け目もあり、一歩踏み出せずにいた。
もともと40歳を区切りにしようと思っていたケイコさんは、実際に40歳になった時に「子どもを持たない」と決めた。そして「オンラインの交流会なら」と参加を申し込む。参加者と話をして、彼女たちの子どもを持たない理由の多様さに驚いた。いろいろな立場に優劣も対立もなく、自分を受け止めてもらえる場がそこにあった。
「意見交換の時、ある女性が『子どもを欲しい、欲しくない、両方の気持ちがいまもあります』と言ったのを聞いて、なんだかすごくほっとしたんです。自分はどちらか一方に決めないといけない、と思い込んで自分で壁をつくっていた。両方の気持ちを持っていていい、と腑に落ちたことで、自分を許せたのかもしれません。いまは、素直な気持ちで生きているなぁって感じます」