「ぼくらはある日 母とわかれた ぼくらは身体がよわいから よくなるまで 医者をしていた伯父の家にあずかってもらう と母にいわれた」(『やなせたかし おとうとものがたり』)。

どうして弟ばかりが
伯父と伯母に愛されるのか

 やなせたかしは、2年前に弟が養子入りしていた伯父の家の居候になります。幸いなことに、伯父も伯母も共に心優しく、やなせたかしに対しても、先に養子となった弟と分け隔てなく接してくれました。

 それでも、先に養子になった弟と、あとから居候となったやなせたかしとでは、家の中での扱いが微妙に異なりました。弟の千尋は奥座敷で伯父や伯母と共に寝るのですが、やなせたかしは、やはり伯父の家に居候していた一番若い叔父つまり伯父や父の弟にあたる中学生と、玄関先の寒い書生部屋で寝ることに。違いはそれだけで、リベラルな伯父、優しい伯母は、居候のやなせたかしを自由に育ててくれました。

 一方で屈折を抱えていたやなせたかしは、中学時代、「ひがんだ子ども」(同)になり、しばしば伯母を悩ませていました。突然死にたくなり、自殺を思い立って、夜遅く、線路に身を置いたこともありました。

 この時代のやなせたかしの「寂しく」「残酷な」記憶が、数十年後みなしごのライオンが子供を亡くしたメス犬に育てられる「やさしいライオン」(編集部注/1967年にラジオドラマとして放送され、1969年に幼児向け絵本として刊行。やなせたかしの出世作となった)の物語として結実します。

医院を継いでほしい伯父の期待を
裏切って美術の道を選んだが……

 やなせたかしは、中学卒業を前に「医者にならないか」と伯父に問われます。伯父としては、彼に病院を継いで欲しかったのです。

 このときすでにやなせたかしは、絵の道を目指そうと考えていました。理数系は不得意で数学が0点だったので、はなから医学部の道はないことも自覚していました。

「絵に関係した学校に行きたいんです」