トランプ政権から
排除されたマスク氏

 マスク氏は再選を目指すドナルド・トランプ氏の有力な支援者だった。

 2024年の大統領選では2億5000万ドル(約370億円)以上を献金し、政権のキーパーソンとして政府に新設されたDOGE(政府効率化省)のトップを務めて辣腕(らつわん)を振るった。

 その手法は行政発想の改革ではありえないほど急進的であり、次々と削減されていく部門と予算に対して怨嗟の声が上がった。

 マスク氏は「影の大統領」とさえ呼ばれ、その影響力は絶大だった。これまでのどちらかといえば疎遠だった多くの経済人がマスク氏の元を次々と訪れて、「イーロン・マスク経済圏」ができかねないほどの勢いだった。

 そんな政治的栄華にあったマスク氏に、突如、転落の危機が訪れる。

 2025年3月20日『ニューヨーク・タイムズ』紙が「マスク氏が米中戦争に関する極秘ブリーフィングを受ける予定」と報じる。

 この報道に民主・共和両党内に動揺が広がり、トランプ大統領とペンタゴンは直ちにこれを否定して火消しを図ったが、マスク氏とトランプ大統領への風当たりはますます強まっていった。

 官僚機構の改革について大統領からの全権委任に近い形を得ていたとはいえ、選挙で選ばれていない「特別政府職員」にすぎない民間人が、国家最高機密に関与することへの強い批判が噴出した。

「陰の大統領」が国家安全保障に関わる「表の機密情報」に関わっていたという事実に、アメリカが民主主義国家であることの根幹が揺らいだのである。

 トランプ大統領の元側近で、今も有力なアドバイザーであるスティーブ・バノン氏もこの報道を契機に「マスクの時代は終わった」と断言した。

 トランプ氏は報道を否定しつづけたが、政権内の空気は急速に変化し、マスク氏は以後、政権への関与を大きく後退させた。