ビジョンが根本的に異なる
マスクとバノンの確執

 マスク氏の政権からの追放を語る上で避けて通れないのが、スティーブ・バノン氏との確執である。

 バノン氏は、政治戦略家でありメディア実業家であるが、トランプ大統領が共和党の泡沫(ほうまつ)候補だったときから支え続け、トランプ大統領を誕生させた立て役である。

 トランプ政権一期目では首席戦略官を務め、反グローバリズム・アメリカ第一主義(MAGA)を掲げる保守ポピュリズム路線を主導している。

 また、草の根保守層とのつながりが強く、右派ウェブメディア「ブライトバート・ニュース」の影響力を拡大させたことで知られている。

 バノン氏は一貫して「マスクはグローバリストであり、MAGA(アメリカ第一主義)を理解していない人物だ」と批判してきた。

 特に象徴的だったのが、H-1Bビザ制度をめぐる対立である。

 マスク氏はテスラやX(旧Twitter)での人材確保のため、高度外国人技術者の受け入れを擁護したが、バノン氏はこれを「庶民の雇用を奪う詐欺制度」と断じた。

 MAGA信奉者のバノン氏は「高度人材などアメリカにたくさんいるのだから、わざわざ外国から呼び寄せる必要などない」という思いから、とにかくアメリカ人が得をする国であるべきだと考え、H-1Bビザへの嫌悪を隠さなかった。

 この勝負は、実際にビジネスパーソンとしてH-1Bの恩恵にあずかっているトランプ大統領が、「認めるべき」と判断してマスク氏の勝利に終わったのだが、両者のあいだには埋めがたい亀裂を生むこととなった。

 両者はMAGAという同じ旗印のもとにいたが、そのビジョンは根本的に異なっていた。

 世界トップクラスの富豪であるマスク氏を、バノン氏は「テクノ封建主義の権化」と呼び、トランプ政権に絶対に入れるべきではない存在と見なし、のちのちの禍根になると予言していた。

 そして、その予言は現実のものとなった。