残酷な世界を生き抜く「日本の戦略」とは?
中野 そもそも、国家の力が及ばない動きをグローバリゼーションといいます。ということは、グローバリゼーションには国家ですら対抗するのが難しいわけで、国家というプロテクターを外した「個人」はもっと対抗できないと考えるべきでしょう。実際、グローバルに活躍できる「個人」は、非常に限られるのが現実ではないですか?
例えば、パンデミックは、
グローバリゼーションから個人や地域を守ろうとしたら、ありうるのは国家しかないわけです。国家は古いんだ、これからは個人だ、これからは地域だと言うけれど、国家でも勝てるかどうかわからない相手に、なぜ個人や地域で戦おうとするのかがよくわかりません。
――そうですね。しかも、アメリカのグローバル覇権が終わるとともに、世界経済が停滞・縮小へと向かうなか、国家間の緊張が日増しに高まっているのが現状です。しかも、中国は軍事的な覇権を強めているわけで……。
中野 ええ。日本が非常に困難な時代を迎えていることは間違いありません。もしこのまま世界経済が縮小するならば、市場競争がもたらす摩擦や緊張は、貿易・投資が以前より自由化されているがゆえに、かえって深刻なものとなるはずです。TPPなどの自由貿易・経済連携は、安全保障に資するどころか、逆に覇権戦争の種を播いているようなものなんです。
ただし、世界経済が縮小していても、各国が内需拡大に努めるのであれば、海外市場の争奪戦による緊張を緩和することは可能です。自由放任の市場ではなく、政府の介入による国内総需要の創出こそが、国際平和に貢献するんです。
それこそ、ケインズが『雇用、利子、貨幣の一般理論』において述べたことだし、E・H・カーもまた、『危機の二十年』の結論において、政府が国内の総需要を刺激して雇用を創出するという可能性に希望を見出しています。
ところが、中国は外需依存度が高く、内需を拡大しにくい経済社会構造になっています。そのため、不況に陥った中国は、これまで以上に攻撃的な海外進出を推し進めようとするかもしれない。日本を除くアジア諸国も、外需依存度が高い国が多く、内需拡大による衝突回避という手段をとることはできません。
これに対して、日本は、世界第3位の経済規模をもち、内需依存度が高いため、ケインズ主義的な積極財政によって雇用を創出し、内需を拡大できる国家なんです。デフレを放置したために外需依存度はやや高まりましたが、本来、正常な状態では、外需依存度は一割程度です。それに外需依存・インバウンド頼みの危険性は、パンデミックによってはっきりしたでしょう。ですから、まずは内需主導の景気回復・経済成長を目指すべきです。
そして、国内の景気がよくなれば、中国やアジア諸国からの輸入を増やすことによって、グローバルな市場争奪戦を緩和することができる可能性があるんです。
――なるほど。大規模な財政出動によってデフレから脱却することは、国民生活を向上させるのみならず、安全保障的な意味までも持つわけですね?
中野 ええ。そして、前にも説明したように、デフレの日本では財政支出の制約は一切ありませんから、大震災・風水害に備えた防災、インフラ整備、教育、科学技術、感染症対策、国防などに思い切った公共投資をするチャンスでもあるんです。どの分野にどれだけの投資をするかは、国民的議論をしたうえで政治的に決定すればいい。自国通貨発行権という「国家主権」は、私たち国民の「特権」なんです。いまこそ、「国民主権」を行使すべきときなのではないでしょうか?
(終わり)
連載第1回 https://diamond.jp/articles/-/230685
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1971年神奈川県生まれ。評論家。元・京都大学大学院工学研究科准教授。専門は政治経済思想。1996年、東京大学教養学部(国際関係論)卒業後、通商産業省(現・経済産業省)に入省。2000年よりエディンバラ大学大学院に留学し、政治思想を専攻。2001年に同大学院より優等修士号、2005年に博士号を取得。2003年、論文“Theorising Economic Nationalism”(Nations and Nationalism)でNations and Nationalism Prizeを受賞。主な著書に山本七平賞奨励賞を受賞した『日本思想史新論』(ちくま新書)、『TPP亡国論』『世界を戦争に導くグローバリズム』(集英社新書)、『富国と強兵』(東洋経済新報社)、『国力論』(以文社)、『国力とは何か』(講談社現代新書)、『保守とは何だろうか』(NHK出版新書)、『官僚の反逆』(幻冬社新書)、『目からウロコが落ちる奇跡の経済教室【基礎知識編】』『全国民が読んだら歴史が変わる奇跡の経済教室【戦略編】』(KKベストセラーズ)など。『MMT 現代貨幣理論入門』(東洋経済新報社)に序文を寄せた。