上司が「危機」に直面しても、
決して「逃げ」てはならない

 そして、取締役会当日。
 いざ取締役会を開き、作戦を実行に移すと、やはり数人の役員はこのやり方に反発しましたが、やり方を変えるだけで、別にこちらにやましいことがあるわけではありません。

「これは大変重要な案件で、情報が漏れることは絶対に許されません。そのため、今回はこのやり方で進めさせていただきます」と率直に説明すれば、反対する理由もない。むしろ、この方式で取締役会をやったうえで、万一、情報漏洩が発覚しても役員が疑われることはないのですから、彼らにとってもメリットがあるわけです。

 こうして、異例な方式の取締役会は始まりました。いつも以上に、緊迫した空気のなかで粛々と会議は進み、例の契約締結は無事承認。私は、そそくさと配布資料を回収して、手はずどおりに取締役を終えることができました。そして、一切の情報漏洩もなく、買収プロジェクトを着々と進めることができたのです。

 あのとき、私は「参謀」の役割から逃げることもできました。
「お前に言われなくても、そんなことはわかっている。それを踏まえたうえで何とかならないかと言ってるんだ」と一喝されたときに、私は、こう言うこともできました。「なるほど、そこまで考えたうえでのご決断でしたか。承知いたしました。ご指示のとおり準備を進めます」と。

 そして、もしもその後、社内規定違反を指摘されたとしても、私は、こう言い逃れができたはずです。

「一度は社長の判断に『異』を唱えました。それでも、社長からの強い指示が出たから、従わざるをえませんでした」

 しかし、それは「部下」としては言い分が立つかもしれませんが、「参謀」としては完全に失格。社長を「守る」べき存在である参謀が、社長が危機に晒されたときに、「逃げを打つ」などということはあってはならないことです。

 そのためにも、上司の判断に「危険」を感じたときには、上司の意に反してでも「異」を唱え、上司も飲めるようなアイデアを提示する。そのような「自律性」が参謀には不可欠なのです。

大きなリスクに直面したとき、
思考に「盲点」が生まれる

 どんなに優秀な上司であっても、常に「完全」な判断ができるわけではありません。

 特に、重大なリスクに直面したときには、そのリスクに集中しすぎるがために、「盲点」が生じやすいものです。それは、私自身が社長を経験して身に沁みている真理です。

 しかも、恐ろしいのは、社長はオールマイティであるがゆえに、影響力が強すぎることです。主要役員を集めて、対応策について協議をしたうえで、多数決で採決を取ろうとしても、個々の判断は、社長という強力なオピニオン形成者の影響を強く受けてしまい、多様な意見を戦わせることで「最適解」を見出すという、合議制の長所がかき消されてしまうのです。

 また、全員が、とにかく目の前の「緊急課題」をはやく潰すことに意識が向かっているために、ことさらに結論を急いでしまう。その結果、せっかく協議を行っても、「盲点」がそのまま見過ごされてしまう可能性があるのです。

 だからこそ、参謀の果たすべき役割は大きいと言えます。
 社長をはじめ、役員レベルの人々は、責任が重いだけに「視野狭窄」に陥りやすいのですが、参謀にはそこまでの責任は負わされていません。それだけに、肩の力を抜いて、気を確かにすることは容易なはずです。

 その利点を生かして、「問題」や「対応策」ばかりを“凝視”するのではなく、「場」の全体を俯瞰的に「眺める」ことによって、周辺状況やさまざまなステークホルダーの関係性などを、大きな枠組みのなかで考えてみる。現在、話し合われている対応策が、バランスが取れているか、“違和感”がないか、「原理原則」から外れていないかなどを冷静に検討してみる。そうすることで、思いもよらない「盲点」に気づくことができるのです。

 そのためには、社長たちが生み出している「空気」に惑わされず、自分の頭で考える「自律性」が不可欠です。そして、気づいた「盲点」を、たとえ社長たちの反発を受けたとしても、率直に指摘する「自律性」も重要でしょう。その「自律性」こそが、社長を「守る」ことに繋がるのであり、社長(トップ)から真の意味での「信頼」を勝ち取る最重要ポイントなのです。逆に言えば、単なる「従順な部下」を参謀として抜擢するはずがないのです。

【連載バックナンバー】
第1回 https://diamond.jp/articles/-/238450
第2回 https://diamond.jp/articles/-/238449
第3回 https://diamond.jp/articles/-/238448
第4回 https://diamond.jp/articles/-/238447
第5回 https://diamond.jp/articles/-/238446
第6回 https://diamond.jp/articles/-/239958