医薬品商社、興和の存在感が名古屋財界で増している。「コーワ」ブランドの医薬品で知られ、政府が配布した“アベノマスク”の受注で名を上げたが、名古屋では再開発のキーマンとしても脚光を浴びている。特集『列島明暗 都市・地方財界・名門企業』(全15回)の#9では、名古屋の新名門企業、興和の野望に迫った。
“アベノマスク”の受注額54.8億円とトップ
豊田佐吉の盟友が創業した綿布問屋がルーツ
「マスクが品薄だった今春、店頭で商品を見つけても海外製の粗悪なものでがっかりさせられていた。国内メーカーのマスクを渇望していた時期に興和のマスクが出回り始め、とても助かった」――。
名古屋市在住の男性がこう称賛する興和とは、名古屋市の医薬品大手企業である。新型コロナウイルスの感染拡大に伴い、興和を評価する声が地元で高まっている。
興和の知名度を一気に押し上げたのが、政府が全世帯に配布した布マスク、通称“アベノマスク”だ。国内4社に発注した総調達費用90.9億円のうち、興和の受注額は54.8億円とトップ。このせいで「安倍晋三政権と癒着している」との臆測まで飛び交った。
ただ、もともと358億円規模の国内家庭用マスク市場(富士経済調べ、2019年見込み)で、興和はユニ・チャームに次ぐ“マスク2強”の一角。政府から声が掛かるのも当然といえる存在だ。興和の三輪芳弘社長は、「暴利をむさぼろうとしているわけではないし、完全な逆ザヤ。絶対に利益は出ません。これで批判まで受けたら正直たまらんですよ」と「週刊文春」の取材に対して不満を漏らしたのも無理はない。
興和は国内・海外工場でのマスク生産量を月5000万枚へと増産。マスク不足の解消に取り組む姿勢から、地元では「マスクといえば興和」との評判が定着しつつある。
胃腸薬「キャベジンコーワ」などで知られる興和のルーツは、1894年に創業した綿布問屋の服部商店である。創業者の服部兼三郎氏は、トヨタグループの礎を築いた豊田佐吉氏の盟友。服部商店は豊田氏の自動織機の開発を支援して製品も大量に購入し、自動織機で生産した綿布を大量に売りさばいた。服部商店がなければ、豊田自動織機もトヨタ自動車も生まれていなかったかもしれないのだ。
しかし、第1次世界大戦後の繊維相場の下落で服部商店は大打撃を受け、服部氏は自殺してしまう。崖っぷちに立った同社を立て直したのが当時番頭だった三輪常次郎氏で、以降、実権を三輪家が握るようになっていく。興和にとってマスク事業は祖業ともいえるビジネスなのだ。
ただ名古屋財界において、これまでは興和の評価がそれほど高くなく、看板商品をもじって「変人コーワ」とやゆする声すらあった。