この決定的な10年間、日本はいったい何をやってきたのか。

 安倍前政権は、TPP(環太平洋経済連携協定)など自由貿易を推進し、集団的自衛権の行使を認める法整備を推進してきた。要するに、グローバル化と日米同盟の強化が、外交戦略の柱だったのだ。

 しかし、ヨシハラとホームズが警告したように、中国はグローバル化と共に海軍力を強化していた。したがって、グローバル化は、中国の軍事的な脅威の増大を招くものと認識すべきだった。ところが、日本はその認識を欠き、防衛力の強化を怠った。

米国に「守ってもらえる」時代は終焉を迎えた

 他方で、日本は日米同盟の強化に努めてはきた。しかし、問題は、肝心の米国の軍事的優位が、この10年間で失われたことにある。

 10年前、米国の軍事費は中国の5倍あった。それが、今では3倍程度しかないのだ。「3倍もあるではないか」と楽観するのは間違っている。中国は自国の周辺に戦力を展開しさえすればいいが、米国は太平洋を越え、あるいはグアムや沖縄など点在する基地から戦力を投射しなければならない。この地政学的不利を考慮すると、米中の軍事バランスはもはや崩れたと言うべきだ。

 実際、2018年、米議会の諮問による米国防戦略委員会の報告書は、もし米国が台湾を巡って中国と交戦状態になったら敗北するだろうと述べている。また、2020年の米国防省の年次報告書は、中国の軍事力がいくつかの点で米国を凌駕したと認め、その一例として、中国が、すでに米国より多くの戦艦等を有する世界最大の海軍国家であると指摘している。

 米国は、中国の侵略を抑止する能力だけでなく、その意志も失いつつある。昨年のある調査によると、「近年の中国のパワーと国際的な影響力の著しい増大に対して、米国の対中政策はどうあるべきか」という問いに対して、米国民の57.6%が「アジアの軍事プレゼンスを削減すべき」と回答している。

 しかも、2020年は大統領選で国が分断され、政権移行で混乱し、さらにコロナ禍によって現時点で27万人以上もの死者を出している。こんな状態の米国が、尖閣諸島をめぐる日中の軍事衝突が起きた場合に、日本を支援する能力そして意志がどれだけあるというのか。

 菅義偉首相は、11月12日、バイデン次期米大統領との電話会談で、日米安保条約が尖閣諸島に適用されることを確認した。しかし、バイデン政権移行チームからの発表には、「尖閣」の文字はなかった。

 2020年――。

 それは、日本が米国に守ってもらえた時代の終わりが始まった年なのである。

中野剛志(なかの・たけし)
1971年神奈川県生まれ。評論家。元・京都大学大学院工学研究科准教授。専門は政治経済思想。1996年、東京大学教養学部(国際関係論)卒業後、通商産業省(現・経済産業省)に入省。2000年よりエディンバラ大学大学院に留学し、政治思想を専攻。2001年に同大学院より優等修士号、2005年に博士号を取得。2003年、論文“Theorising Economic Nationalism”(Nations and Nationalism)でNations and Nationalism Prizeを受賞。主な著書に山本七平賞奨励賞を受賞した『日本思想史新論』『日本経済学新論』(ちくま新書)、『TPP亡国論』『世界を戦争に導くグローバリズム』(集英社新書)、『富国と強兵』(東洋経済新報社)、『国力論』(以文社)、『国力とは何か』(講談社現代新書)、『保守とは何だろうか』(NHK出版新書)、『官僚の反逆』(幻冬社新書)、『目からウロコが落ちる奇跡の経済教室【基礎知識編】』『全国民が読んだら歴史が変わる奇跡の経済教室【戦略編】』(KKベストセラーズ)など。『MMT 現代貨幣理論入門』(東洋経済新報社)に序文を寄せた。最新刊は『マンガでわかる 日本経済入門』(講談社)。