「組織の慢性疾患」をセルフケアする
新しい対話の方法

 むしろ、もっと考えるべき重要なことがあります。

 この本では、組織における行き詰まった状況を「組織の慢性疾患」、その状況と自身の関わりに気づき、慢性疾患に一歩ずつ取り組み続けるプロセスを「セルフケア(自分自身をケアすること)」と捉え、膠着(こうちゃく)した状況を動かすヒントをつかむ「2(ツー)on(オン)2(ツー)」という対話の方法を初めて紹介します。

 この対話の実践を通じて、組織が変わることを実感していただけたらと思います。

 組織が変わるとは、あなた自身のみならず、周りのメンバーが見えている組織の風景が変わること、組織の中の様々な出来事の意味が変わることです。

 なぜ、このような対話の方法を本にしようと思ったのか。

 それは私の研究領域である企業変革やイノベーションの推進において、地に足のついた変革を一つひとつは小さくとも着実に進めることが、大きな変革につながると考えているからです。

 その取り組みを重ねていくと、各々が見えている風景が変わっていきます。

 イノベーション推進の現場で実際に行われている一つひとつのことは、とても小さく、かなり地味なことです。

・「本当に売れるの?」という社内の不安を一掃するため、決裁者の側近にそれとなく根回しをして、ポジティブな情報をインプットしておく
・推進したい新サービスのプロジェクトに対して、人事部と優秀な中堅人材の異動の調整を図る
・予算をかき集めるために、部門の費消可能な予算を確認する
・研究開発部門に協力を得るため、社会勉強会を開いて活動を広報し、自分たちの味方を増やす

 華々しい成果に結びつくまでのプロセスは、相手と対話を積み重ねていく地味な取り組みの連続です。

 よいアイデアと思っていたものが社内を通過できないこともあれば、企画が通っても市場で淘汰されることもあります。

 でも、そうした一つひとつの関門に向き合って乗り越えていくことで、少しずつ光が差し込み、気がついたら当初想定していたものより反響があることもあります。

 この構図は大手企業でも、スタートアップ企業でも同じです。地道な対話の積み重ねがイノベーションを生み出すことにつながるのです。

 世の中には、イノベーションの方法論はいくつかあります。しかし問題を解きほぐして、捉え直す方法論は意外にないことに気がつきました。

 つまり、みんな「何が大事なのかはわかるが、どうやったら実践できるかがわからない」のです。

 問題の当事者が「どうやったら実践できるか」という問題を解くには、当事者自身が問題を解きほぐす方法論が不可欠です。

 これが組織の慢性疾患へのセルフケアです。

 セルフケアになかなか着手できないのは、気持ちの問題だけではありませんし、怠惰だからでもありません。

 どこから手をつけたらいいか、具体的な方法がわからないからです。

 この本で紹介する「2 on 2」という対話の方法は、各企業で実践を重ねながら、「ナラティヴ・セラピー」などケアの領域の研究をもとに考え出したものです。

 問題を一気に解決するのではなく、一歩ずつ問題に向き合って物事を前へ進めていく対話的な取り組みをどうしたら実現できるか。

 私なりに研究してきた内容をみなさんとわかち合いたいと思います。

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体験者が初告白!「私にとって 2 on 2 は、言語化できないモヤモヤの正体が形になって現れた衝撃の体験でした。」

宇田川元一(うだがわ・もとかず)
経営学者/埼玉大学 経済経営系大学院 准教授
1977年、東京都生まれ。2000年、立教大学経済学部卒業。2002年、同大学大学院経済学研究科博士前期課程修了。2006年、明治大学大学院経営学研究科博士後期課程単位取得。
2006年、早稲田大学アジア太平洋研究センター助手。2007年、長崎大学経済学部講師・准教授。2010年、西南学院大学商学部准教授を経て、2016年より埼玉大学大学院人文社会科学研究科(通称:経済経営系大学院)准教授。
専門は、経営戦略論、組織論。ナラティヴ・アプローチに基づいた企業変革、イノベーション推進、戦略開発の研究を行っている。また、大手製造業やスタートアップ企業のイノベーション推進や企業変革のアドバイザーとして、その実践を支援している。著書に『他者と働く――「わかりあえなさ」から始める組織論』(NewsPicksパブリッシング)がある。
日本の人事部「HRアワード2020」書籍部門最優秀賞受賞(『他者と働く』)。2007年度経営学史学会賞(論文部門奨励賞)受賞。