授業なし質疑応答をメインにプロのエンジニアを養成する「TECH CAMP」を展開し、経営者としても社員を育てるマコなり社長さん。そして、新著『取材・執筆・推敲』を教科書とし、徹底的なフィードバックを中心にプロのライターを育成する「batons writing college」を開校した古賀史健さん。ふたりの対談【vol.3】は、「プロフェッショナルを育てる」ことに話が及びます。現役のプレイヤーでありながら、人を育てるふたりが、その先に見ている世界とは──。(構成:徳瑠里香、撮影:田口沙織)

世の中に眠る“原石”を見つけて広げる「人」を育てるPhoto: Adobe Stock

人のモチベーションに依らない
教育の仕組みを

マコなり社長(以下、マコ) 僕、小中高を通じて人の話をじっと座って聞いてられなくて、授業が嫌いだったんですよ。塾も個別指導で、「僕が質問したときだけ答えてください」ってまあ偉そうな生徒で(笑)。その原体験から、授業のない、好きなときに質問ができる「TECH CAMP」を2016年に始めて。未経験からエンジニアへ転職を成功させた方は2000名を超えました。

古賀史健(以下、古賀) おお、すごい。質疑応答が中心で、教科書はあるんですか?

マコ ウェブ上に教科書があって、延々と改善を繰り返しています。一度質問を受けたら、その回答を追記し、表現もわかりやすく何度も変更しています。

世の中に眠る“原石”を見つけて広げる「人」を育てるマコなり社長
本名:真子就有(まこ・ゆきなり)。1989年福岡生まれ。青山学院大学理工学部卒業。株式会社div代表取締役。登録者94.5万人のYouTuberとしても活躍中。学生時代からプログラミングを独学で学び、エンジニアとしてITベンチャーに勤務。在学中に起業し、複数のサービスリリースを経験。2014年よりプログラミング教育事業をスタート。2016年に開始した日本最大規模のエンジニア養成スクール「TECH CAMP」での転職成功人数は2000名以上にのぼる。2015年11月Forbes誌「注目のUnder30起業家10人」に選出された。

古賀 紙と違ってウェブ上ではいくらでも更新できますもんね。

マコ テキストもそうなんですが、僕らは、教育の「仕組み」をどうつくるかを仲間と議論し続けていて。最近至った一つの結論は、「人のモチベーションは虚構」だということ。なので僕らの命題は、「どうすれば人のモチベーションを維持できるか」ではなく、「いかにやらざるを得ない環境をつくるか」。たとえば20分に1回のペースで進み具合を仲間と発表し合うとかですね。

古賀 なかなか頻繁ですね。

マコ モチベーションに左右されていては、学習に投下できる時間も減ってしまいますから。サボれない、やらざるを得ない環境をつくって、プログラムを受けている間はとにかく手を動かしてもらおうと。もちろん人によってレベルは異なるので、難易度は調整しつつ、小さな成功体験を積み上げて、自信をつけていく。やる気があるかないかにかかわらず。

古賀 なるほど。

マコ 僕らは受講生1人ひとりに手厚く寄りそって気持ちを支える価値を理解しています。ですが、それ以上に気持ちを支えなくてもやりきれてしまう仕組みづくりに注力しています。

“おもしろい原稿”にする
「忍耐」のフィードバック

マコ 古賀さんのライターの学校では、一人ひとりにフィードバックをするんですよね?

古賀 はい。なのでどうがんばってもフルコミットで一期30人が限界です。スケールするビジネスにはなり得ません(笑)。

世の中に眠る“原石”を見つけて広げる「人」を育てる古賀史健(こが・ふみたけ)
ライター
1973年福岡県生まれ。九州産業大学芸術学部卒。1998年にライターとして独立。著書に『取材・執筆・推敲』のほか、31言語で翻訳され世界的ベストセラーとなった『嫌われる勇気』(岸見一郎共著)、『古賀史健がまとめた糸井重里のこと。』(糸井重里共著)、『20歳の自分に受けさせたい文章講義』など。構成・ライティングに『ぼくたちが選べなかったことを、選びなおすために。』(幡野広志著)、『ミライの授業』(瀧本哲史著)、『ゼロ』(堀江貴文著)など。2015年「書くこと」に特化したライターズ・カンパニー、株式会社バトンズを設立。2021年7月よりライターのための学校「batons writing college」を開校。

ちょうどいま受講生の課題の添削をしていますが、やっぱり大変ですよ。自分の文章を直されるのって、かなり嫌なことじゃないですか。人格を否定されたように感じる人もいるし、ひとつの正解がある世界でもないので。

マコ プログラミングはある程度正解があるけど、文章ってそうじゃない。そうなったときに、自分がおもしろいと思うレベルに引き揚げてくるのって相当難しくないですか?

間違ってはいないんだけど、なんかおもしろくない。僕自身、YouTubeの動画をつくっていて、編集アシスタントが持ってきた企画に対して、そう思うことがよくあって。でも“おもしろさ”を理屈で説明できない。

古賀 そうなんですよ。技術を身につければ「いい原稿」は書くことができるんだけど、そのうえの「おもしろい原稿」にたどり着けるのは、ほんとうに一握りの人間なんですよね。でも、その境界線を「才能」のひとことで片付けてしまっては教えることはできない。どうすればいいか、10年近く考え続けています。

僕のいまの答えは、自分の心を動かし、その感情の揺れを忠実に原稿に落としていくこと。今回の学校ではその技術も徹底的にフィードバックしていきます。

世の中に眠る“原石”を見つけて広げる「人」を育てる古賀さんが開校したライターのための学校「batons writing college」

マコ フィードバック、できます?

古賀 やります。僕は原稿を添削するときに、ダメ出しだけでなく、「こうしたらもっとおもしろくなるよ」という提案も入れることにしています。かつ、なぜこうするとおもしろくなるかを理路騒然と一つ一つ説明するんです。

マコ それ、受講料を5倍くらいにしていいですよ! そんなフィードバックできる人、古賀さん以外どこにもいないんで。自分も時間が確保できれていれば、100%受けてましたね! 添削してもらいたい。

古賀 そこまで面倒で大変なことをやろうとするのは、僕くらいしかいないでしょうね(笑)。

マコ 僕、教育する側に求められるのは「忍耐」だと思っていて。“おもしろい”の勘所をすぐに掴める人もいるけどそうじゃない人たちのほうが多い。何度教えても改善されないと心の中に渦巻くのは「おまえは何回言ったらわかるんだ!」ですよ。それでも繰り返し粘り強く教えていく忍耐力が必要。経済合理性が求められるビジネスではどこかで諦める必要がありますが。

世の中に眠る“原石”を見つけて広げる「人」を育てるマコなり社長さんが運営するエンジニア養成スクール「TECH CAMP」

古賀 そうですよね。

マコ かつて、いまメンターとしてトップにいる社員がまだプログラミングを覚えてないとき、「厳しいこと言うようだけど、プログラミングやめたほうがいい!」とか言いながらも、彼しかいなかったんで教え続けていたんですよ。今は絶対そんな言い方はしませんけどね。そしたら彼、僕に詰められている最中に口笛を吹き出した。社内で語り継がれる口笛事件です。

その彼はいま、僕よりも教え方がうまくて、最も慕われるプログラミングの先生になった。教える側の忍耐と器の大きさが問われるわけですが、彼が口笛でストレスを逃してくれてよかった。

古賀 口笛!(笑)

マコ 人間は追い詰められるとなんの脈絡もなく口笛を吹くんです(笑)。教育ってまさに「馬を水辺に連れて行くことはできるが水を飲ませることはできない」。でも水辺に連れていって、あと舌を出せば飲めるから! というところまではできる。教育は何度でも水辺につれていく胆力が求められます。

才能をあきらめるところから、
始まる

マコ ただどんな人にも向き不向きはあるんで、教育を受ける側は「自分の才能をどこであきらめるか」も考えなくちゃいけないのかなとも思っています。

僕、ずっとバスケをやってたんですけど、今思えば向いてなかった。どんなに走り込んでも、マラソンで10位以内に入れても1位にはなれないどころか、トップスリーとの差が激しすぎる。僕のほうが夜な夜な走り込んでるのに勝てないのはなんでだ! って悔しかったけど、先天的な能力の差はあるんですよね。

それが世界の残酷な事実。『スラムダンク』を読んで何千本もシュートを打てば3ポイントも上手くなるって信じて練習してたわけですけど。努力の根性論だけでは超えられない壁もある。だから自分の才能をあきらめて、別の山を登ることにした。僕にはバスケよりYouTubeが向いていたんです。

そういう意味では、自分に何が向いているのか、自分の才能を見極めるためにも、まずはいろいろやってみたほうがいいと思います。

古賀 ものを書くことにおいて、「自分の好きなことをテーマに自由に書いてください」って言うと、だいたいみんなつまんない。逆に、「『週刊ダイヤモンド』で新型コロナウイルスに関する取材記事を書いてください」としたほうが正解に沿ったかたちでおもしろく書ける。新聞社や雑誌メディアが人材を輩出できてきたのは、ある程度フォーマットと正解があるからだと思うんです。そのメディアにおける正解を目指すのは、才能に関係なくできるはずなので。

いまはウェブメディア、特にオウンドメディアはフォーマットや正解がないのでライターが自由に書ける。でも、自由になると迷いも大きくなるし、基礎体力のなさが露呈してしまう。自由は、最終的にその人のためにならないんじゃないかと思うんです。

マコ batonsならbatonsのやり方で、いったんライターの「型」をきちんと学んで身につけろと。

古賀 学校で提出してもらう課題も、今回はビジネス誌、今回は女性誌、今回は「ほぼ日」、みたいな感じで、掲載メディアのイメージをこちらから指定する予定です。その過程で、僕からあなたはこの分野が向いているねと伝えたり、自ら得意分野を見つけることができたりするのかなと思っています。

ビジネス以外に「思想」を、
本以外に「人」を残す

マコ 僕、世界で最も人の人生に影響を与えているものってインターネットだと思ってたんですよ。21歳くらいのとき。パソコン1台で、世界中の何十億人に新しい価値を提供するマーク・ザッカーバーグすげえ! かっけえ!オレもプログラミングやるぞー! って。でも起業してビジネスをやっていくうちに、疑問を持ち始めたんです。

アメリカの広告費の総額はここ10年そう変わってないのに、Facebookの利益と時価総額は上がっている。これって経済的な側面だけを見ると、Facebookが新しい価値を生み出したというより、手段を変えて、雑誌やTVの広告費を奪っただけ。その事実にハッと気づいちゃって。

古賀 市場のパイは変わらないと。

マコ ビジネスの世界では、既存の価値を塗り替えて奪って、を繰り返しているんですよね。それって人を幸せにしているのかな? このままでいいんだっけ? って思うようになって。まあ自分のやっていることに対するジレンマですね。そういう価値観の揺らぎを感じているのは僕だけじゃないと思うんです。

資本主義が発展しきって「量的な幸せ」から「質的な幸せ」へ。人々の価値基準が変換期にあるいまの時代、生きているあいだに、僕は世の中になにを残していけるのか。

古賀 究極の問いですね。

マコ その問いに対するいまの僕の答えは「思想」なんです。僕はアドラーの教えを生活に落とし込むために、他者貢献する、感謝を伝える、といったことをどれだけできたか、毎日紙に書いて振り返っています。これって、キリスト教の信者が教会でお祈りするようなものに近いんじゃないかと。なんていうか、宗教のように、思想とそこに紐づく習慣を広めるような、出入り自由なコミュニティをつくっていくことに関心がありますね。

投資を受けてビジネスで売上を上げてリターンを返していく。僕らのその物語はもちろん今も続いています。経営者としてそこはもちろん全力でやっていくんですが、ビジネスの外で別の物語を描いてみたいなと。

古賀 僕は「本以外に、なにを残していくか?」を考えたときに行き着いたのが「人」だったんですね。世の中に眠っている“原石”を見つけて広げていく。ライター気質を持った人を増やしていきたいと。アドラー心理学も100年以上前から存在していたけど、僕やマコなり社長さんのように、誰かが見つけて誰かが伝えていくことで、広く価値が認められていく。ゴッホの絵もそうですよね。

世界にはまだまだそういう原石がたくさんあると思うんです。発信のかたちは本でもYouTubeでもいいんですけど、原石を発見して遠くまで届けていく。そういうことができる人を、本気で育てていきたい。

マコ 古賀さんは、原石を見つけて磨いて宝石にしていく人たちを育てる教育をやっていくんですね。古賀さんのような人があと10人、100人いたらほんとうに世の中は変わると思います。

古賀 僕自身、今回のライターの学校から「世界が変わる」と信じてやっています。

マコ 僕は引き続きYouTubeで、アドラーの思想に紐づく習慣を伝えていきます。そこから誰かの「人生が変わる」と思っているので。

古賀 あっという間に時間が過ぎました。またご一緒しましょう。

世の中に眠る“原石”を見つけて広げる「人」を育てる

(終わり)