超富裕層の税逃れに対して、世界中の政府が厳しく目を光らせている。特集『海外の節税 富裕層の相続』(全21回)の#2では、それら課税当局による「徴税包囲網」の実態を詳らかにするとともに、富裕層に人気のシンガポールや香港、カリブ海諸国などタックスヘイブン(租税回避地)の情勢を俯瞰する。(ダイヤモンド編集部編集委員 藤田章夫)
資産5億円以上の富裕層が激増
メガバンクがいよいよ本腰
メガバンクが富裕層の囲い込みに本気を出し始めた――。
「富裕層をターゲットとした部隊はこの1年で3倍に増え、今では銀行本体だけで約500人体制になりました。また、グループの証券会社、信託銀行と一体となって富裕層ビジネスに取り組んでいますので、トータルでは1000人を超えています」
こう話すのは、三菱UFJ銀行のある行員だ。三菱UFJといえば、2018年7月に「トップガンチーム」と呼ばれる富裕層専門の部隊を立ち上げ、富裕層に営業攻勢を掛けてきた。ターゲットは、資産総額20億円以上の富裕層だ。ところが、「実は、富裕層と見なすバーを20億円から5億円に下げたんですよ」と、この行員は明かす。
むろん、三菱UFJだけでなく他のメガバンクも同様に富裕層をターゲットにしており、野村證券などの証券会社や地域金融機関などと熾烈な富裕層争奪戦が繰り広げられている。
背景には、富裕層の数が増え続けていることが挙げられるだろう。野村総合研究所によれば、資産1億円以上の富裕層は05年には約86.5万人だったが、19年には約133.3万人にまで増えている。
しかも、山田コンサルティンググループ常務執行役員資本戦略事業本部長で税理士の奥村忠史氏は、「コロナ禍で事業の先行きに不安を抱えている中小企業の経営者が多く、事業売却が増えてくるだろう」という。売却資金を手にした富裕層が今後、増えていくことになりそうだ。
加えて、日本銀行による金融緩和によって溢れたマネーが株式や不動産に流れ込んでおり、資産価値の上昇が続いている。また、暗号資産(仮想通貨)は価値の浮き沈みが激しいものの、多くの暗号資産長者を生み出している。
中でも、にわか富裕層に躍り出た層は少しでも税金を納めたくないと考え、節税策に走りがちだ。また、昔からの富裕層たちは資産を増やすことよりも、いかに減らすことなく次世代に資産を引き継ぐかといった相続対策に知恵を絞っている。
もちろん、国税庁も黙っていない。富裕層に対する締め付けをさらに強化しようとしている。7月から始まった新事務年度では、これまで通り「富裕層と国際税務」に対する取り組みに加え、各国税局に節税スキームを駆使した事案を摘発するように「大号令が掛かっている」と、ある国税OBは言う。
こうした動きは日本のみならず、世界各国の課税当局も同様だ。とりわけ、経済協力開発機構(OECD)の加盟国同士が、富裕層の口座情報などを自動で交換する「共通報告基準(CRS)」を16年に策定して以降、富裕層への包囲網は世界的に狭まりつつある。詳細は、7月22日(木)公開予定の本特集#7『富裕層の海外資産掌握を狙う「国税庁DX」の落とし穴、国税OBが指摘』を参照していただきたい。
とはいえ、富裕層たちが節税策を求めて、これまで以上に海外に目を向けているのも、また事実。各国の詳細は、随時公開していく個々の記事を読んでいただきたいが、次ページ以降では、カリブ海諸国やスイス、アジア各国の節税事情について簡潔にまとめてみた。