特集『総予測2022』の本稿では、新設された10兆円の大学ファンドの「資金運用ワーキンググループ」座長を務めた米コロンビア大学の伊藤隆敏教授へのインタビューを掲載。同氏は日本で長らく停滞する賃金の上昇を促すため、抜本的な改革が求められていると指摘する。さらに、日本の産業界が競争力を取り戻す上で、2021年度内にも運用開始予定の大学ファンドが鍵になると話す。(聞き手/ダイヤモンド編集部 竹田幸平)
「もうかる産業」につなげるべく
10兆円規模の大学ファンド創設
――国際金融の専門家としてコロンビア大学で教鞭を執られています。世界がコロナ禍に見舞われて以降、グローバルな経済政策の潮流をどう見ていますか。
日本では岸田文雄政権誕生後、「新しい資本主義」という看板の下で「分配と成長の好循環」を目指すとし、分配の側面が強調されているように映るのが印象的です。
中国も「共同富裕」というスローガンを打ち出し、格差是正のような取り組みを始めました。欧州でもドイツでは中道左派政権が誕生するなど、世界的に経済政策の「左傾化」の動きが見られます。
新型コロナの対応策となる給付金などの政策が、格差是正の流れに結び付き、所得分配に光が当たるようになったのが各国の共通点に見えます。ただし、成長に乏しい中で分配だけ行おうとすると経済が停滞し、好循環につながらない可能性は常に考えるべきです。
コロナ後の経済や産業が「K字型」の回復をたどるといわれるように、ITやゲームなど巣ごもり需要を喚起された業界は好業績で賃金も上昇傾向。コロナで全体が沈んだわけではなく、成長曲線が上下に分かれてきたわけです。
生産性を向上させるためには、成長する産業に投資が向かう必要があります。持続化給付金で失業者を増やさない政策は、短期的には良くても、中長期的には人材が生産性の高い分野に移っていくような方策を考えるべきでしょう。
――そのために岸田政権はどんな政策を行うべきでしょうか。
政府にできる代表的なものの一つは、公的な要素の大きい教育です。例えば、大学で先端的な研究を行うことが挙げられます。しかし、日本の大学の研究費は減り続けており、若い研究者が非常に不安定な立場にあります。
世界に伍する大学へ
長期低落に歯止めを
コロナ関連でも、メッセンジャーRNAという画期的なワクチンを英米独の企業が開発する中、主要先進国で日本だけが落ちこぼれてしまった。日本では、研究者がいたのに研究費が打ち切られ、ワクチン研究を継続できなかった問題が報道されました。太陽光や電池にしても、今では中国に主導権を取られてしまいましたよね。
最も重要かつ先進的、成功すればもうかるような産業で、日本がうまくいっていない。こうした現状を何とかすべく、継続的に先端研究を行う資金をつくるために、このほど政府は10兆円規模の大学ファンド創設に至ったわけです。
――大学ファンドは今年度内にも運用開始予定とされていますが、この狙いや現在の進捗は。
私はファンド運営に関する有識者会議で座長を務めましたが、最低3%の利回りを求め、ポートフォリオは株式65%、債券35%が運用の基本方針となりました。リターンに当たる約3000億円を毎年大学に支払う仕組みです。それでも元本を減らさず、むしろ増やすためには年5%程度のリターンを出したいところです。
米国ではこの30年ほど、大学ファンドは年7%ほどリターンを出しており、グローバルに投資すれば5%は難しくないでしょう。具体的にどう運用し、どんな大学や研究にお金を付けるのかを決めていく段階です。これは日本にとってまれに見るチャンスです。
創設の背景には、世界に伍する大学をつくりたいとの狙いもあります。