実は値上げは比較的スムーズに進んでいる。ただ、黒田日本銀行総裁の発言が問題視されたように、家計は値上げを望んでいるわけではない。その原因の一つである円安をもたらす超金融緩和の固定化は、それ以外にもさまざまな弊害をもたらす。(BNPパリバ証券経済調査本部長チーフエコノミスト 河野龍太郎)
「値上げ許容度は高まっている」
黒田発言はなぜ問題なのか
日本銀行の黒田東彦総裁の「家計の値上げ許容度も高まってきている」という発言が波紋を広げた。一体、何が人々の怒りの底流にあるのか。
資源高で企業のコスト負担が高まっても、消費者が購入を抑え、売り上げが落ちるのなら、企業は値上げできない。実際、サービスの値上げは限られる。
ただ、3月調査の日銀短観では、非製造業も仕入れ価格判断DI(上昇と答えた割合から下落と答えた割合を引いたもの)だけでなく、販売価格判断DI(同)もバブル期の1991年以来の上昇だった。
物価高は低所得層には打撃が大きいが、コロナ禍の強制貯蓄もあり、家計全体では、値上げが比較的スムーズに進んでいる。
ただ、消費者の怒りも分からぬわけではない。輸入物価上昇の主因が資源高だとしても、それを円安が助長しているからだ。円ベースの輸入物価上昇率は前年比で43%だが、契約通貨ベースは26%であり、残り17%は円安が原因だ。さらに、その円安は日銀の金融緩和が大きく影響する。単に黒田総裁の発言が配慮を欠いたから非難が集中したわけではない。
そもそも、円安圧力を生み出すメカニズムがYCC(イールドカーブ・コントロール、長短金利操作)に組み込まれている。現在のようにグローバル経済が回復し、世界的に金利が上昇すると、日銀がYCCの下で日本の長期金利をゼロに抑え込むため、内外金利差が拡大し、それが円安をもたらす。
値上げの原因となっている円安圧力を生み出しているのが日銀の金融緩和であるから、批判が高まっているのである。ただ、日銀に金融緩和を要請したのは、他ならぬ日本政府である。
それでは、日銀は円安を問題視しているのか。政府と歩調を合わせ、急激な円安は問題としているが、金利が実効下限制約に直面する中で、円安そのものは、景気刺激やインフレ醸成の効果をもたらすとして、内心は歓迎しているとみられる。
輸出企業が海外での生産比率を高め、また円安でも外貨建ての輸出価格を下げなくなるなど価格戦略を変更しているため、以前に比べ、円安の輸出刺激効果は小さい。
ただ、それでも輸出企業の業績が円安で押し上げられ、株価はサポートされる。また、円安が定着すれば、輸出企業を中心に来春の賃上げ率を引き上げることも多少は期待できる。コロナ禍が落ち着き、入国制限が緩和されれば、円安はインバウンドの拡大も促すはずだ。
景気刺激という観点に立てば、円安は、財・サービスの輸出・生産を促し、日銀が言うように、経済全体では確かにプラスなのだろう。
しかし、円安をもたらす要因である超金融緩和も含め、弊害も少なくない。次ページからはそのメカニズムをひもといていく。