量子技術が日本政府の重点投資分野の一つに位置付けられた。これまで様子見だった日本企業も、乗り遅れまいとようやく重い腰を上げ始めた。将来は市場規模が110兆円を超えるとも期待される量子産業。今はまだゴールの見えないレースに名乗りを上げる日本企業はどこか。特集『号砲! 量子レース』(全8回)の#1では、日本の産業界はどのようなロードマップを描き、存在感を発揮しようとしているのかを追った。(ダイヤモンド編集部副編集長 大矢博之)
2040年以降は年間115兆円市場に!?
「90%を10%の先駆者が獲得」
「日本政府は2020年に量子技術イノベーション戦略を策定した。それから2年。量子技術の発展は想定よりも加速し、国の戦略も加速させる必要があった」
今年7月13日、東京・恵比寿のホテルで開催された量子コンピューターの国際会議「Q2B Tokyo」の基調講演。慶應義塾大学の伊藤公平塾長は、国の量子技術戦略が見直された舞台裏をこう振り返った。
岸田文雄政権が6月に閣議決定した「新しい資本主義」の実行計画で、量子技術は重点投資分野の一つに位置付けられた。計画の具体的な土台となるのが、4月に策定された「量子未来社会ビジョン」である。伊藤塾長は量子技術戦略を見直す内閣府のワーキンググループの主査を務めた、量子未来社会ビジョンを取りまとめた責任者だ。
量子コンピューターは従来のコンピューターよりも速く計算できることが示されたものの、量子コンピューターが“得意な”問題を計算させた学術的な結果ばかりで、ビジネスに役立つ量子コンピューターはまだ生まれていない。
それでも国が後押しするのは、世界中で競争が加速しており、乗り遅れると日本の産業界の致命的な痛手になってしまうからだ。
量子未来社会ビジョンでは、30年に量子技術による生産額は50兆円規模、国内の量子技術利用者は1000万人を目指すという壮大な目標が掲げられている。
実際に米ボストン コンサルティング グループ(BCG)の予測によれば、30~39年の世界の量子コンピューターの市場規模は、ユーザー企業の営業利益ベースで最大年間約23兆円(1700億ドル)。40年以降は最大年間約115兆円(8500億ドル)まで伸びるという。
そして、Q2B Tokyoに登壇したBCGのマット・ランギオーネ・パートナーは、「生み出す価値の約90%は、10%のアーリーアダプターが獲得すると予想している。ディープテックの典型的な現象だ。だからこそ、今すぐ動きだすことを推奨する」と強調した。
この潮流に乗り遅れまいと、量子技術の業界団体に日本企業が殺到している。
量子技術を活用した産業創出を目指す業界団体「量子技術による新産業創出協議会(Q-STAR)」の参加企業は、21年9月の設立から1年足らずで、発足当初の24社から58社まで拡大した。
そこにはトヨタ自動車やNTT、三大メガバンクなど日本を代表する企業が軒並み名を連ねる。Q-STARの実行委員長を務め、東芝の最高デジタル責任者である岡田俊輔・執行役上席常務は、「量子技術を通じた産業化は間違いなく入り口に立った。現実に何をするのか、将来何が生まれるのか、とQ-STARでは活発な議論が進んでいる」と語る。
量子未来社会ビジョンで描かれた将来の技術活用のイメージは、実はQ-STARの提言がほぼそのまま使われている。そして提言の中には、「生々しい」と量子未来社会ビジョンでは割愛された、具体的なユースケースと目標時期を記したロードマップがある。
次ページでは、Q-STARが量子技術の実用化を目指すロードマップの中身や、量子産業に本腰を入れ始めた日本企業の取り組みと、後押しする政治の動きを詳報する。