年間1.8億台超のスマートウォッチ市場
日本勢とのバッティングはないのか
まずは、スマートウォッチの市場規模と、その中での日本勢の立ち位置を確認しておこう。2010年代後半から急拡大を続けたスマートウォッチ市場は、足元は中国勢が伸び悩んだ影響でやや数量が落ちているものの、グローバルで年間1.8億台超が出荷される超巨大マーケットになっている(下図の折れ線グラフ参照)。
これほど普及が進む中で、他の腕時計市場が侵食されることは本当にないのだろうか。各社のスマートウォッチの特徴を見ながら、バッティングの可能性を検討してみよう。
「スマートウォッチ」と一口に言っても、メーカーや用途はさまざまだ。ヘルスケアを得意とする米グーグルや中国ファーウェイ、スポーツやアウトドアに強い米ガーミン、ファッション用途で圧倒的な存在感を誇る米アップルなど、得意領域を備えた群雄が割拠している状態にある。
その中で、特に日本で普及しているアップルウォッチは、男女問わず20~30代の若い世代にも浸透している。この購買層、特に女性の客層は、セイコーやシチズンが比較的手薄なエリアであり、拡販を狙う領域の一つだ。価格においても、スマートウォッチは両社が出している数万~10万円前後の腕時計とバッティングしてしまう。そのため、セイコーやシチズンは、潜在的なユーザーをスマートウォッチに奪われてしまっている公算は大である。
一方のカシオも、対岸の火事では済まされない。カシオを代表するブランドであるG-SHOCKは、スポーツやアウトドアを好む30~40代前後の層の間で支持を集めている。ところがこの顧客層は、ガーミンの得意領域と重なっている。G-SHOCKにはグローバルでコアなファンが多いとはいえ、スマートウォッチがG-SHOCKブランド成長の障害になり得るのだ。
スマートウォッチ市場で存在感皆無の日本勢
参入しない理由とは
これほどスマートウォッチの勢力が伸びてきている中でも、日本勢はスマートウォッチへ本格参入する姿勢を見せていない。日系各社の製品の中には、無線通信規格のBluetoothを搭載し、スマホと連携できるモデルも散見されるが、上図の円グラフを見れば明らかなように、市場における日本勢の存在感は皆無だ。IDCジャパンの井辺将史マーケットアナリストによると、「グローバルでの日本企業のシェアは、日系各社を全て合わせても1%に満たない」という。
なぜ、日本勢は参入に後ろ向きなのか。理由の一つとして考えられるのは、参入障壁の高さだ。莫大な開発費が見込まれるだけでなく、スマートウォッチを販売するとなれば、メンテナンスも含め新たに販売網を充実させる必要があるため、初期投資がかさんでしまう。そのため、よほど体力のある企業でなければ参入を決断するのは難しい。
販売網を広げる余力があったとしても、高級路線を採る企業では、同一の店舗内にスマートウォッチと高級時計を並べることができず、スマートウォッチ専用の新店舗を大量に出さざるを得なくなる。店員が手袋をはめてショーケースから時計を取り出す店舗にスマートウォッチを置くわけにはいかないのだ。
高級ブランドとは店舗を分けてスマートウォッチを販売できたとしても、既存のブランドイメージに与える影響は無視できない。高級ブランドを志向するセイコーでは、「かつて社内会議でスマートウォッチ本格参入が議題になったこともあったが、ブランドイメージに合わないということで見送られた」(セイコー関係者)という。
これに加え、スマホとの親和性が時計メーカーにとって大きな課題となる。時計業界に詳しいあるアナリストは、「スマートウォッチはデザインや機能だけでなく、スマホと連携したときの使いやすさも追求しなければならないため、スマホメーカー以外がこの事業で成功するのは困難だ」と語る。
しかし、スマホメーカーが全てスマートウォッチで成功する保証はない。スマホブランド「Xperia(エクスペリア)」を持つソニーは、スマートウォッチブランド「wena(ウェナ)」を展開しているが、苦戦を強いられている。
ウェナにはセイコーやシチズンとのコラボレーションモデルがあり、多様なラインアップをそろえていたが、ウェナシリーズで電子マネーの発行や管理ができるスマホアプリ「おサイフリンク」が今年12月に終了予定となるなど、ウェナ事業の先行きは不透明だ。
時計“御三家”に加え、セイコー、シチズンと手を組んだソニーも苦境に立たされている現在、スマートウォッチ事業を積極的に伸ばそうとする日系メーカーは見当たらない。日本勢は、スマートウォッチと正面から戦って駆逐を試みるのではなく、共存の道を選んでいるのだ。
スマートウォッチの普及を時計業界にとっての“好機”だと見る向きさえある。複数の時計大手メーカーの関係者が、まるで口裏を合わせたかのように「スマートウォッチの浸透によって、今まで腕に何も着けていなかった人に、身に着ける習慣がついた。これは既存の腕時計メーカーにとってはチャンスだ」と主張しているのだ。
スマートウォッチと共存の道を選んだ時計御三家は、このチャンスをどう生かしていくのだろうか。その戦略は、“三社三様”だ。