主要先進国では、2050年カーボンニュートラル達成のための脱炭素や気候変動対策に向けた大規模な補助金による政策支援が次々と打ち出され、「補助金世界大戦」の様相を呈している。長期連載『エネルギー動乱』の本稿では、米国、欧州、日本などの動向を解説する。(KPMGコンサルティング プリンシパル 巽 直樹)
もはや先進国間での政策競争ではなく
実質的な「貿易戦争」
主要先進国では、2050年カーボンニュートラル達成のための脱炭素や気候変動対策に向けた大規模な補助金(投資や生産への税額控除などを含む)による政策支援が次々と打ち出され、補助金競争の様相を呈している。
これは、対策を実施する事業者らによる補助金の獲得競争という意味ではなく、日欧米で繰り広げられているグリーン成長に向けた国際競争の側面を持つことから、これらの国々や地域間での補助金提供などの支援制度による政策競争を意味している。
まず、米国では昨年8月、インフレ抑制とともにエネルギー安全保障と地球温暖化対策を同時に進めることを目的としたインフレ抑制法(歳出・歳入法)、いわゆるIRAが成立した。
法律名から受ける印象とは異なり、クリーン技術を対象に、投資や生産における税控除や補助金を提供する内容が大宗を占めている。
注目すべきは、米国での新車EV(電気自動車)購入時の所得税控除(最大7500ドル)。これまでは累計生産台数の制約はあったものの、生産国にかかわらず受けられた税額控除の要件が変更となったことだ。
IRAでは累計生産台数の制約はなくなるが、「メイドインアメリカ条項」と呼ばれる要件が追加された。具体的には、車両の最終組み立て地が北米(米国、カナダ、メキシコ)であること、バッテリー部品の製造や材料の鉱物の採掘が北米などに制限される。
この要件は今後さらに厳しくなり、例えば現状は部品の50%が北米での製造と制限されているものの、29年までに段階的に引き上げられ、最終的には100%になる予定だ。
こうした方向性は、バッテリーのサプライチェーンにおける中国排除が意図されたものとはいえ、結果的に保護主義貿易の側面を持つことから、もはや先進国間での政策競争ではなく、実質的な貿易戦争であると指摘する声もある。