【4】1916年
米国も好景気に沸く
新事業創出で「米国に学べ」

 当時、米国も大戦景気に沸いていた。日本と同様に、参戦こそすれ自国が戦場になることはなく直接的な被害がなかったため、連合国に大量の軍需物資を売りまくり、さらに多額の資金を供給することで世界一の債権国になり、英国に代わって世界経済の盟主となっていく。

 その過程でさまざまな産業や新規ビジネスが誕生するのだが、1916年4月号には「欧州戦乱が生んだ米国の新事業」という9ページにわたる記事が掲載されている。米国企業の抜け目なさに、日本の産業界もこれに続けとばかりにハッパをかける内容となっている。

1916年4月号「欧州戦乱が生んだ米国の新事業」1916年4月号「欧州戦乱が生んだ米国の新事業」
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『欧州戦争が始まって以来、独墺国(ドイツとオーストリア)の輸出途絶と仏白(フランスとベルギー)工業の瓦解とにより、中立国における多くの商工業者は多大の当惑を感じたが、中には窮すれば通ずで、禍を福に転じた向きも少なくない。例によって、米国の話を次に紹介しよう。
(中略)
 全く初めて起こった製造業もおびただしい数にのぼっている。そうして交戦国以外の国々からこれを仕入れに米国へ集まってきた商人もなかなか少なくはない。南米、東洋から出張した仕入れ商人は、絶えずニューヨークを中心に米国を各地を走り回っているという景気である。
 日本は果たして対岸の米国におけるかような状況を何と見るであろうか。口先の喧嘩を一時見合わせて、少しく腕ずくのご奮発を願いたいものである』

 記事ではヨーロッパで新たに高まっている商品分野として、時計の蓋ガラス、廃物を活用したボール紙、懐中時計の宝石を入れる機械、写真の現像に用いる没食子酸(もっしょくしさん)、ボールベアリング、白色瀬戸物、クリスマスの装飾用品、香料、薬草栽培と薬品製造、化粧品、綿織物、豆類の缶詰、男女用手袋……といった商品が具体的なエピソードと共に紹介されている。

【5】1917年
諭吉の娘婿・福澤桃介が憂いた
「渋沢に盲従する財界」

 大正年間に日本の産業の近代化が進んだのは大戦景気のおかげだけでなく、政治、社会、文化の各方面で変革を訴える声が上がり、産業界全体に新しい風を求める雰囲気があったことも見逃せない。

 1917年3月1日号に福澤桃介による「財界の盲従病」という談話記事が掲載されている。福澤桃介は福澤諭吉の娘婿であり、名古屋電燈を設立後、電力会社を次々と合併して「日本の電力王」と呼ばれた人物だ。

 政治の世界で藩閥元老中心の官僚政治からの脱却を目指す憲政擁護運動が巻き起こる中、実業界も同じく「元老」と呼ばれるような長老に盲従する者ばかりだと、福澤は嘆いている。

 今風に言えば“老害”である。そして、その代表格が日本資本主義の父、渋沢栄一だと福澤は指摘する。

1917年3月1日号「財界の盲従病」1917年3月1日号「財界の盲従病」
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『日本の政治は山縣有朋という元老によって支配されるが、実業界は渋沢男爵によって支配される。渋沢男爵に盲従しなければ偉くなれぬという傾向である。要するにくっついてお供する者がばかである。かねがね恩顧を被っている者は仕方がないが、そうでない者までも盲従するとはふがいない話だ』

 財界人事が往々にして渋沢の息がかかった人物で決まっていったり、官民一致の下に国家的事業や慈善事業などの議論は必ず渋沢が発起人になって、その取り巻きたちが脇を固めるといった状況に、「渋沢の門下でなければ人でないかのごとき取り扱いは、ちと笑止と言わねばならぬ」と、容赦なく苦言を呈しているのである。

【6】1918年
深刻な物価上昇
「米騒動」とメディアの罪

 一方、好景気とはいえ、この間は物価の上昇も顕著だった。生産と輸出の拡大による需給の逼迫(ひっぱく)、さらに資金需要に対して日本銀行が通過供給量を急拡大させたのが原因だ。物価の上昇に賃金の上昇は追い付かず、庶民が大戦景気を謳歌(おうか)したとは言い難い。米価高騰への不満を背景に起こった「米騒動」は、その象徴だろう。

 富山県の女性たちから始まった最初の騒動は、瞬く間に全国に飛び火した。その中でも特に激しい出来事の一つが、米穀商である鈴木商店の焼き打ちだ。大阪朝日新聞(現朝日新聞)が「鈴木商店が米を買い占めている」と誤報を流したため、暴徒と化した民衆が鈴木商店本店を襲い、火を放ったのである。

 1918年9月1日号の社説では、騒動を収束させるどころか、政府が米穀商のことを“奸商”(悪くてずるい商人)呼ばわりして火に油を注ぐ状況に陥っていることを非難している。

1918年9月1日号「社説」1918年9月1日号「社説」
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『しかるに今の当局者は、米価の騰貴は一に定期市場の買い手にありと暴断し、これに向かってひたすら干渉圧迫を加え、遂に定期市場の米価をして遙かに正米の売買価格以下に下るという奇現象を現出せしめ、今の米穀集散法に第一の障害を与えたり。
 それのみならず、一国の国務大臣の口よりして米商に附するに奸商の称号をもってすること日々の新聞紙上にたえず掲載さるるを見たり。
 斯(かか)る不穏当の言辞が真実に政府当局者の口より出でたりとも信ぜられず、何らかの誤伝に因由するならんと思われども、ほとんど世を挙げてこれを信ずる者の如く、近日の米穀騒動においてその鋭鋒主として米商に向かいたるの跡あるは一種の共鳴としてこれを看取すべきところなきに非ず。
 かくして世間の米商に対する憤怒怨恨の情、勃然として燃え、一方において米商等は俄然、恐怖狼狽して、ひたすら米穀売買のことを避けんとし、甚だしきはその職業を廃したる者さえ少なからず……』

 米騒動は、メディアの報道が社会の不安定を増幅させること、情報の正確性と責任がいかに重要であるかが明確になった出来事でもあった。