【111】2023年
半導体と電池の争奪戦
「地政学」的競争の勃発
“産業の米”と呼ばれる半導体。スマートフォンや自動車などの身近な製品から、戦闘機などの軍事産業まで、半導体なしには成立し得ない。同じく電池も、脱炭素の潮流や各国のEV(電気自動車)政策の推進により、世界的に需要が高まっている。
そんな中、2023年、世界的に半導体の供給不足が起きた。新型コロナウイルス感染拡大に伴うロックダウンで、工場の稼働が落ちて供給が縮小してしまったところに、半導体については米中貿易戦争の影響で、特に中国に対する半導体の輸出規制が影響を与えている。電池については、EV用のリチウムイオン電池をはじめとする蓄電池の需要が急激に増加するなか、主要材料であるリチウムやニッケルの供給が追いつかず、電池メーカーは生産能力の拡大に苦慮した。
半導体と電池はいまや、経済、安全保障の両面で重要な戦略物資として、国家間・企業間で地政学的競争が拡大している。地政学では交易や軍事上で重要な海上交通の要衝のことを「チョークポイント」と呼ぶが、半導体と電池におけるサプライチェーン(原材料・部品の供給網)のチョークポイントを握ろうと、各国がしのぎを削っている。その構図を解説したのが、2023年5月27日号特集「半導体・EV&電池 国家ぐるみの覇権戦争」だ。
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ここ数年、半導体不足で満足に車を造れなかった自動車メーカーの恐怖心は根強い。半導体市況は4年ぶりの減速となっているものの、将来のEV爆増に備えて自動車メーカーは、半導体・半導体材料メーカーと提携するケースが目立っている。ホンダが台湾積体電路製造(TSMC)と協業したのもその最たる例だ。
そして今、自動車メーカーが半導体以上に前のめりになっているのが、電池の調達だ。特に熾烈な争奪戦が繰り広げられているのが北米市場だ。トヨタ自動車、ホンダ、米ゼネラルモーターズ……世界の大手自動車メーカー10社のほぼ全てが巨額の投資を伴う電池投資を決めている状況だ。
まさしく、電池バブルである。半導体以上に電池が欠乏危機に陥るのには二つの理由がある。
一つ目は単純で、半導体とは異なり電池は重く発火リスクがあるので、輸送しにくいからだ。原則として、最終製品であるEVの車体工場の近隣に電池工場がある方が望ましい。
二つ目は米中分断の深刻化により、地政学リスクが高まっているからだ。電池のサプライチェーンには特殊性がある。
半導体の場合、設計、半導体材料、半導体製造装置など主要工程を米国、日本、台湾、韓国、オランダが担っており、西側諸国がサプライチェーンのチョークポイントを握っている。
だが電池は違う。最大のボトルネックは鉱物資源の製錬工程で、製造コストの低い中国一国に集中している。それ以外でも、組み立てでは世界最大の車載電池メーカー、寧徳時代新能源科技(CATL)を擁しているし、電池材料でも強い。むしろ、中国だけが電池サプライチェーンの全ての工程を握っている。
米国が半導体の対中輸出規制を強めているが、その“報復措置”が半導体関連で行使されるとは限らない。CATLが電池を出荷しないと決めたら、ほぼ全ての自動車メーカーのEV計画が頓挫してしまうだろう』
記事にあるように、半導体は、露光装置はオランダ、最先端ロジック半導体の製造は台湾、設計は米国、半導体材料は日本……といったように、サプライチェーンの中で西側諸国がそれぞれに強みを持っている。自給自足できる国は一つもないが、だからこそチョークポイントを握ろうとする戦いが繰り広げられている。
一方、電池のサプライチェーンは半導体とは異なり、中国を介さずに調達することは不可能。中国がすべてのチョークポイントを握っているわけだ。世界的なEVシフトにおいて、各国は半導体より深刻な「電池欠乏」危機にさらされていると、本誌は警告している。