書影『スターの臨終』『スターの臨終』(新潮新書)
小泉信一 著

 だが、渥美は寅さんに徹し、寅さんを愛した。凡人の私などは、がん治療の今後に弱音を吐いてしまうこともあるが、彼は家族の前でも気丈に振る舞った。

 すでに自らの運命を悟った渥美が家族に伝えた遺言は、「骨にしてから世間にお知らせしろ」。自分が亡くなったことはすぐに明らかにせず、荼毘に付してから発表しろ、という強い意志だった。その言葉通り、妻と長男、長女の3人だけで荒川区の町屋斎場で田所康雄(本名)の葬儀を営み、すべてが済んでから山田洋次監督に悲報を伝えた。監督が目黒の田所家を訪ねたときは、渥美は小さな骨壺に入っていた。

 遺言は見事に果たされた。とかく有名人の死はどこからかマスコミに伝わりやすいが、渥美が入院していた病院からは、訃報は一切漏れなかった。病院スタッフの思いやりを感じる。町屋斎場でも、まさカ国民的人気者の渥美の葬儀とは誰も思わなかったのだろう。

 ギリギリまで命を削り、「車寅次郎」を演じたのは俳優としての美学だろう。頑固で古風な昭和の男でもあったが、無垢な気持ちでやがて訪れる自分の死を見つめていたに違いない。