
かつて「日系の牙城」と呼ばれた東南アジアの自動車市場で、勢力図が静かに塗り替えられつつある。タイでは日系メーカーのシェアが低下し、中国のBYDなどが侵食し始めている。背後には、単なる安さや航続距離の競争を超えた新潮流――EVと自動運転の融合がある。その中核を握るのは意外にも、スマートフォンで知られる通信機器大手の中国ファーウェイだ。わずか5年で中国自動車メーカーの“頭脳”を支える存在となり、車載OSから半導体までを一手に供給する。その姿は、かつてパソコン市場を支配した「ウィンテル」を想起させる。東南アジアを足掛かりに、中国発の新たな標準が広がれば、日系を含む外資勢の優位は崩れかねない。特集『自動車“最強産業”の死闘』の#15では、その最前線で何が起きているのかを探った。(ジャーナリスト 高口康太)
●自動車(完成車)メーカー関係者の回答フォーム
●サプライヤー関係者の回答フォーム
●ディーラー関係者の回答フォーム
回答者にアンケートの結果を掲載した「Diamond WEEKLY(週刊ダイヤモンド)」の自動車特集を贈呈。抽選で5名様にAmazonギフトカード(2000円分)をプレゼントします。
タイで日系自動車を脅かす中国製EV
たった5年で自動運転を席巻した陰の主役とは
日系自動車メーカーの牙城と呼ばれたタイで異変が起きている。日系メーカーのシェアがじりじりと低下しているのだ。今年上半期、タイ市場での日系メーカーのシェアは70.6%にまで低下した。いまだに存在感は大きいが、かつての90%超という圧倒的な数字と比較すれば後退は否めない。
日系メーカーからシェアを奪い取ったのが中国勢だ。BYDは今年上半期のシェア7.8%、三菱自動車を抜き、第4位のブランドに成長した。他にも哪吒汽車、MG(上海汽車集団傘下)、アイオン(広州汽車集団傘下)、オーラ(長城汽車傘下)など多くの中国ブランドが参入している。また、シンガポールでもBYDが2024年の売り上げトップになるなど、他の東南アジア諸国でも中国勢の存在感は拡大している。
脱炭素を目指したEV(電気自動車)優遇政策の追い風を受け、中国市場で鍛え上げられたコストパフォーマンスの高い中国EVが東南アジアの消費者に訴求力を持ちつつあるのだ。この勢いは今後、さらに加速する可能性がある。それが自動運転技術やスマートコックピットと呼ばれる車内デジタルシステムの普及だ。この分野でも中国の成長は著しい。特にキープレーヤーとなっているのが、中国通信基地局・端末大手のファーウェイ(華為技術)だ。19年の自動車事業参入からわずか5年だが、今や幾つもの中国自動車メーカーを支える「メガサプライヤー」へとのし上がった。
その戦略はパソコンにおけるウィンテル(米マイクロソフトのOS「ウィンドウズ」と米インテルの半導体を指す造語)に類似している。パソコンメーカーは世界に無数にあるものの、そのOSと中核ハードウエアはウィンテルに支配された。中国自動車メーカー各社と幅広く連携関係にあり、自動運転ソフトウエアもそれを動作させるための半導体も供給するファーウェイは、一社で自動運転のウィンテルの地位をつかみつつある。
次ページではファーウェイがなぜ自動運転のウィンテルを目指すようになったのか。その経緯と緻密でしたたかな事業拡大戦略を探っていく。