陽性適中率は、検査対象集団の有病率が低くなるほど急激に下がっていくことを先ほど示したが、これは、有病率の低い集団に大規模検査を行った場合、本当は感染していないのに陽性と判定される(偽陽性)、つまりぬれぎぬを着せてしまう人を大量に出すことを意味するのだ。
例えばある集団の中で陽性者が出て、濃厚接触者50人に検査をするとしよう。この場合の有病率を10%と仮定(日本におけるPCR検査の陽性率を参考に設定した)すると、偽陽性者は1人出るか出ないか。一方で、1%の有病率である100万人を対象とした場合、偽陽性者は9900人となる。
国民全員PCR派は、偽陽性者も見越して複数回の検査を行うとしているが、1回目の検査でぬれぎぬを着せられた9900人は次の検査までいったん隔離せざるを得ない。彼らは、「全員が検査を受けることで、国民の不安が解消される」と主張しているが、これだけ多くの偽陽性者が隔離対象となることについて、人道的観点とコストの面からどのように考えているのだろうか。
数百万、数千万人に何度も検査したり隔離のために生じる莫大なコストを考えれば実現性にも乏しい。
コストに対する解決策としては、一人一人の検体を個別に検査する従来の方式ではなく、複数人の検体を交ぜて検査し、陽性となれば個別に検査をするという「プール検査」という方式も登場してはいる。
これなら大規模検査も可能だと、国民全員PCR派は言うが、鎌江特任教授によれば、このプール検査は、有病率が低くなるにつれ、陽性適中率が個別検査よりさらに低くなり、偽陽性者もより多く出てしまう(下図)。
「本来、PCR検査は、病院など感染リスクが高く有病率も高いと推定される環境で、治療を前提とした診断の確定を目的として行われるべきもの。さらに集団に行うのであれば、陰性適中率の低さを改善するために複数回の繰り返し検査が必要となる」(鎌江特任教授)。いくらコストが抑えられるといっても、検査の正確性が格段に落ちるようでは費用対効果の面でも疑問は残る。