専門的な知見を持つ経営学者を社外取締役に迎える動きが広がり、さながら“学者バブル”だ。しかし、学者は社外取として経営の監督の役割を果たせているのだろうか。特集『社外取「欺瞞のバブル」9400人の全序列』の#15では、ビジネスパーソンなら誰もが知るような超大物学者らが登場。東芝や東レ、曙ブレーキ工業など問題企業の事例を基に学者ガバナンスを検証する。(ダイヤモンド編集部編集委員 名古屋和希)
“大家”が「先進的」と自慢も
不正会計でトップが引責辞任
「極めて先進的で健全なコーポレートガバナンスの仕組みができている」
一橋大学教授を経て当時は東京理科大教授だった伊丹敬之氏は、自らが社外取締役を務めるある企業の2014年3月期の年次報告書で、そう誇ってみせた。
日本企業の実証研究を専門とする伊丹氏は、経営学の第一人者で、現在は国際大学の学長を務める。“大家”がそこまで言い切るのだから、さぞ素晴らしい企業に違いない。
しかし、驚くなかれ、その企業とは東芝のことなのだ。
伊丹氏の発言からわずか1年後に東芝を激震が襲う。15年5月、1500億円もの利益を水増しした不正会計が発覚したのだ。調査に当たった第三者委員会は「経営トップを含めた組織的な関与」と結論付けた。
同年7月には、当時の社長だった田中久雄氏のほか、副会長や相談役ら歴代3社長が引責辞任に追い込まれることになった。
実は、伊丹氏は経営トップを選定する指名委員会のメンバーを務めていた。年次報告書では、自らの仕事の一端をこう明かしている。
「私自身も昨年(ダイヤモンド編集部注:13年)は新しい社長の指名に参画し、今年は新しい会長の決定でも意見を述べる立場にあった。今後もこの仕組みが前向きに機能し続けるよう貢献していきたい」
つまり、伊丹氏は不正会計で引責辞任した田中氏をトップに据える選定に関わっていたということである。
不正会計の発覚後、社外取3人が退任する一方で、伊丹氏は留任する。東芝関係者からは「不正会計を見抜けなかった伊丹氏が残るのはおかしい」との批判の声が上がった。
伊丹氏の公私混同ぶりも関係者の間で評判が良くなかった。「伊丹氏はゴルフなど私用に東芝のハイヤーを使うことさえあった」(別の東芝関係者)。
東芝では今も社外取が経営の暴走を止められない「持病」が繰り返されている(本特集#8『東芝が“物言う株主”推薦の社外取を籠絡?経営陣が暴走を繰り返す「持病」の根深さ』参照)。伊丹氏が自慢してみせた「先進的で健全なガバナンス」とは何だったのだろうか。
東芝は、学者社外取が経営への「重し」の役割を果たすことができなかったケースといえるかもしれない。
次ページからは、ビジネスパーソンなら誰もが知る、伊丹氏とは別の超大物経営学者が登場。セブン&アイ・ホールディングス、曙ブレーキ工業、東レといった企業で「学者」社外取は何をしたのか、関係者の実名と併せて紹介する。
社外取の“学者バブル”が続いているが、学者を招けばよいという企業側の考えは安易だと分かるだろう。