鴻上 ああいいですね。確かに。「わかりやすすぎる説明は大体間違い」って、僕はよく言います。でも、気持ちよさからなかなか外れられないですよね。でも、同時に人間は気持ちよさから外れられないと言いながら、ダイエットに成功する人は確実にいるでしょう。

中野 それは期間限定だからか、ダイエットした結果の形が気持ちいいからですよ。

鴻上 ああ、次の気持ちよさに移るんですね。それいいじゃないですか。つまり、陰謀論にはまって、仲間を作って語る気持ちよさに比べて、その陰謀論から抜け出して、世界が広がった時にまだ見ぬ言葉を語る人と出会える方の気持ちよさが増せばいいわけですよね。

中野 有名なデマに、「マンボウは3億個の卵を産むが、2匹しか成魚になれない」というものがあります。専門家によれば、実態はまだよくわかっていないということなんですけど、1921年の『Nature』にマンボウの卵巣には3億個の卵がある、という一文を含んだ論文が載っているんです。もちろん卵巣の中にあるのは、未成熟卵で、全てが産卵されるわけじゃない。それなのになぜか、3億個産まれることになってしまった。

 2匹、というのもまったく科学的には根拠のない話で、少なくともオスとメスの2匹が生き残っていれば種は滅びないだろう、という憶測、または図鑑などに描かれた単なるイメージ図がひとり歩きしたものじゃないかと考えられています。

 3億個からたった2匹、という数字のギャップの強烈さと、イメージのインパクトで「わかりやすい」話に仕上がってしまった結果、ゲームアプリまで開発される「名デマ(?)」になってしまったというわけなんです。

上手に話を聞く方法

中野 鴻上さんは人生相談の名手でもいらっしゃる。人から相談を受けるときに気をつけていることはありますか?

鴻上 僕が相談事を聞きながら、常に、気をつけていることは、話を聞きながら、この人は何を言いたいんだろう、一番言いたいことはなんだろうっていうことを、考えて、同時に感じることですね。考えるだけだと、ちょっとミスリーディングする可能性があるわけで、表情や雰囲気を感じることも必要だと思います。

中野 それは、どうやったら上手にできるようになるんですか。

鴻上 いやいや、それは経験しかないと思いますよ。場数をこなすしかないんです。だって演出家の僕が、22歳からずっと何をやってきたかっていうと、話を聞くことですから。

 稽古休みの日に呼び出されて、女優さんが延々、「なんかこのセリフは言いにくい、このセリフは言いにくい」と言ってるわけです。それで、一生懸命「いや、このセリフはこういう意味でね」って説明するんだけど、何回説明しても、言いにくい言いにくいって言ってる。