毎日、剣術の稽古はするが、刀は外出のときに重いと大変なので、江戸中期からは「新刀」という軽いものを身に付けている。

 盗人くらいなら斬れるが、戦いに使える代物でないので、天下太平が続くことを祈るのみだ。甲冑(かっちゅう)もあるが、正月に飾るくらいで、一度だけ親戚に手伝ってもらって身に着けたことがある。普段は唐櫃(からびつ)に入れて女たちには触らせないので、へそくりや春本を隠すのに便利だ。

 趣味は釣りに謡曲を少々、最近は俳句を始めた。米は玄米飯をたらふく食うが、おかずは粗末なものだ。服装は登城のときは裃(かみしも)だが、普段は小袖に羽織だ。40歳になったので、数年したら隠居して俳句でも楽しみたい。

 同僚では江戸屋敷に殿様の参勤交代について行くのもいるが、私は京に二度ほど、それに飛び地がある遠江に一度出張しただけだ。用もないのに旅行などできない。

 江戸の藩邸に勤務する江戸詰は名誉なことだが、物入りなので借金する。金貸しに世話になる者もいるが、普通は仲間が用立てる。武士の世界ではお役目に就いても石高は変わらず、職務手当てはほんのわずか。お役目に就かない武士の方が支出も少なくて済むし、内職もしやすいのでかえって余裕があるのだ。

 私も少し用立てて、江戸土産をもらって家族に喜ばれた。殿様の側近に用立てる代わりに、子どもが(武将などの身辺に仕えて雑用を務める)お小姓になるように取り計らってもらった者もいる。利子は年に1割5分あたりだ。

 たまには領内に視察に行く。仕事は早々に済ませて庄屋のところで酒を振る舞われる。庶民の生活がよく分かるから貴重な機会だ。一応武士なので庶民は道を譲ってくれる。意味なく庶民を傷つけたりしたら大変だが、侮辱された場合には、切り捨て御免にして奉行所に届ける。吟味の上で侮辱された事実が認められたら、武士の名誉を守ったと褒めてもらえる。

 ただし、隣の彦根藩の庶民が相手だとやばい。彦根藩から抗議などされたら、うちの藩は平身低頭で、うっかりするとこっちが切腹だ。もっとも、切腹の場合は名誉が保たれるし、お家断絶にはめったにならないのが普通だ。

 旅行といえば、このごろは町人などが盛んに伊勢参りや京都見物にいってるようで、武士より物知りだ。京にもよく行く出入りの商人から聞くには、経済力では西国雄藩の方が豊かなので、公方(将軍)様の権威もだんだん落ち始めているが、「京の天子様から天下の大政を委任されているのだから言うことを聞け」とかいって、虎の威を借りてごまかしてるらしい。