保険契約は
無効になったが……

 納得できない男性は、郵便局を相手に返金を求めて交渉を続けた。相手はなかなか応じず、仕事の合間を縫って弁護士に相談したり、母親に判断能力がないことを証明するために病院に連れて行って認知症の診断を受けたり。

 アフラックや住友生命の保険は、郵便局員が勧誘して契約させたにもかかわらず、「郵便局では対応できない」と言われ、自分で各社と交渉しなければならなかった。

 半年後、郵便局側は、ようやく全ての保険契約を無効にすると連絡してきた。だが、結果的に、支払った保険料が戻ってくるだけだ。交渉を手伝うために遠方から駆け付けてくれた親族の交通費など、少なくない出費を強いられた。そして何より、精神的に参ってしまった。

 男性は、ファミレスのテーブルに広げた11枚の保険証券を見つめながら、悔しそうな表情を浮かべて言った。

「20年ほど前に亡くなったうちの父親は、この郵便局で配達員として働いていたんです。地域に身近な郵便局が、お客の財産を奪うようなことをするなんて、本当に許せません」

 郵便局側は男性に、母親への営業を担当した局員は社内処分されたと説明したが、詳しい処分内容は明かしていない。

 ここまで悪質な営業行為は、保険業法違反の不正事案として金融庁に届け出ていなければおかしい。私はそう考え、Aさんたちから提供を受けた内部資料をめくった。

「認知障害のある母が200万円支払っていた…」日本郵政が手を染めた“ほぼ詐欺”な保険営業の実態『ブラック郵便局』(宮崎拓朗、新潮社)

 近年発覚した違法営業は全て記載されているはずだが、この事案は含まれていなかった。内部では、違法な案件とは判断しなかったようだ。

 私は男性の母親宅を訪れた局員たちのことを考えた。

 自分の母親や祖母のような年齢の女性を相手に、どんな顔をして保険の勧誘をしたのだろう。良心の呵責はなかったのだろうか。