後輩が実績稼ぎのために乗り換え契約を取ってきた時には、「お客さんが損するような営業はしたらいかん。一緒について行ってやるから、乗り換えだけはするな」と指導していた。

 次第に実績が下がり、焦りが募っていった。支給される営業手当が減り、生活水準も維持できなくなりそうだった。

「俺もやるしかない」

 ある日を境に、乗り換えに手を染めるようになった。なじみの顧客宅を訪れ「新しい商品が出ましたよ」と声をかける。既に加入している保険の解約を勧め、解約に伴う返戻金を原資に新しい保険に入らせる。顧客に多少の不利益があっても、メリットを強調して納得させる。そんなことを繰り返すうちに、「良心が麻痺していった」という。

「自分のためでもあるし、職場のためでもあるんです」

 男性は苦悶しながら打ち明けた。

ノルマをこなせない
部署への制裁

 所属する局には、毎日のように支社の幹部から電話が入る。

「今日の目標は達成できるのか」

「全然数字が上がっていない社員がいるだろうが。もっとアポを入れさせろ」

 電話を受け、防波堤になってくれるのは、気の優しい上司の金融渉外部長だ。

 局の実績が低迷し続けると、支社の幹部数人が直接局にやって来て部長に詰め寄り、「飛ばすぞ」などと怒鳴り声を上げていた。

 幹部らが帰った後、「大丈夫ですか」と声をかけると、部長は「腹が立つけど仕方ない。今日の目標が達成できなかったら、呼び出しだと言われたよ」と力なく笑う。男性は「何とかして助けないと」と焦った。

 求められるのは、その日その日の数字だ。顧客リストで乗り換えができそうな客を探しては訪問し、「良い商品なんですよ」と言いながら「即決」してもらう。以前のように何度も家に通い、納得してもらってから契約を取ることなどできなくなっていた。

 2018年の4月、NHKの番組が郵便局の保険の不正営業について特集したとき、「これを機に会社が変わってほしい」と祈るような気持ちになった。だが、放送後も状況は一向に変わらない。「誰が取材に応じたんだ。犯人を見つける」と苛立つ幹部もいた。