不振に喘いでいたゲーム会社・アトラスの再建に、化粧品のザ・ボディショップやコーヒーチェーンのスターバックスの事業拡大。いずれもCEOとして輝かしい実績を残してきた岩田松雄氏。同氏は現在、本の執筆や全国各地での講演活動を通じて、リーダーや経営者の育成を目的として、ミッションを持つことやリーダーシップの重要性を説いている。このような同氏のテーマは「論語と算盤」でいうところの「論語」といえるだろう。今回のインタビューでは、同氏が普段語ることの少ない「算盤」の部分にフォーカスし、CEOとして数々の実績を残すプロの経営者が、いかに会計とファイナンスのスキルを身に付け、どのように現場で活用しているのか、その秘密に迫った。
残された「キャッシュと時間」が、どれだけリスクを取れるかを決める
1958年生まれ。 大阪大学経済学部卒業後、日産自動車株式会社に入社。生産、品質、購買、セールスマンから財務に至るまで幅広く経験し、UCLAアンダーソンスクールに留学。その後、外資系コンサルティング会社ジェミニ・コンサルティング・ジャパン、日本コカ・コーラ株式会社役員を経て、ゲーム会社の株式会社アトラスの代表取締役社長として、三期連続赤字企業をターンアラウンド。株式会社タカラ常務取締役を経て株式会社イオンフォレスト(ザ・ボディショップ)の代表取締役社長に就任。店舗数を107店舗から175店舗に拡大、売り上げを67億円から約140億円に拡大させる。その後、スターバックス コーヒー ジャパン 株式会社のCEOとして「100年後も光り輝くブランド」を掲げ、業績を右肩上がりに成長させる。2010年度には過去最高売り上げ1016億円を達成。それらの実績が認められ、UCLAビジネススクールより全卒業生3万7000人から、「100 Inspirational Alumni」(日本人でわずか4名)に選出される。現在はリーダシップコンサルテイング代表として、真のリーダーや経営者の育成に邁進中。著書に『「ついていきたい」と思われるリーダーになる51の考え方』(サンマーク出版)、『スターバックスCEOだった私が伝えたいこれからの経営に必要な41のこと』(中経出版)などがある。
田中 岩田さんは、日産を辞められた後、何社かを経てCEOとしてアトラスやザ・ボディショップを再建させてきました。経営不振に陥った会社のCEOを引き受けるにあたって、経営指標とか財務指標といった勘所について、どういうところを一番見られますか?
岩田 キャッシュです。一番大事な時間があとどれだけ残っているんですか? キャッシュがどれだけ残っているんですか? ということが大事ですよね。真っ先に知りたいのはそこです。私は幸い、アトラスもザ・ボディショップもキャッシュは全然問題ありませんでした。アトラスも赤字でP/L(損益計算書)は悪かったけど、上場したときにまとまったお金が入っていたからキャッシュの問題はなかったのです。
田中 赤字といえども、過去の蓄積があるからキャッシュはある、という状態だったわけですね。
岩田 はい。バランスシート上は、キャッシュが非常に厚かったので財務内容は悪くありませんでした。だから、実をいうと、私は資金繰りで苦労したことはないのです。それでも大事なのは、「最大リスク」は見なければならないということ。会社の全体を見て、キャッシュがどれだけあって、どれだけ時間が残されているか? 1年なのか、3年または5年なのか? を最初にチェックします。それによって、再建のための時間軸がまったく違ってきます。
田中 最大リスクについて、もう少し詳しく説明いただけますか?
岩田 CEOとしてビジネスを進めるうえで、私が常に財務部門に聞いていたのが最大リスクです。たとえば、株主に対してコミットした今期の計画に対して、業績見通しが余裕をもって達成できそうな状況であり、キャッシュにも余裕があるなぁと思えば今期中にもっとリスクが取れるわけです。その逆の場合は、投資は来期に回そうといった経営判断が求められます。