1998年の小渕・金大中共同宣言では、過去の歴史を乗り越え日韓両国が未来へのパートナーシップへと向かうことが宣言された。

 現に、2002年のサッカーワールドカップの共催をきっかけに日韓交流は飛躍的に拡大し、日韓は「近くて近い国」になったかと思われた。

 しかし安倍政権に代表される日本の保守ナショナリズムの台頭、韓国での文在寅政権に代表される市民派リベラルの浸透が、徐々に日韓の溝を拡大した。それが端的に表れたのが慰安婦問題の再燃だ。

 文在寅大統領は市民派として朴前政権を否定し、慰安婦問題の解決にはならないと一方的に合意をほごにした。

 安倍首相にしてみれば、慰安婦の雇用に強制があったとする河野談話をもともとは批判する立場だったのにもかかわらず、あえて2015年の合意に踏み切ったわけで、合意を韓国側にひっくり返されたことへの不満は大きいだろう。

 文政権は歴史問題と政治関係は相互に影響を与えないとする「ツートラック・アプローチ」を主張するが、歴史を持ち出せば国民レベルの反感を増幅し政治化するのは必至であり、このアプローチには無理がある。

 政権が交代しない限り、日韓関係の改善は無理だということなのか。

 そう結論を出すのはあまりに早計だろう。考えてみれば、小渕政権と金大中政権にも保守と革新の違いはあったが、両政権は大局に立ちかえり、「歴史を外交問題にしない」という基本方針の下で日韓関係を管理した。

 特に韓国政府はこの点を想起し、この基本方針を日韓双方で再確認することが必要だろう。

世論を巻き込んだ外交
双方の嫌悪感を増幅

 第2の要因は、日韓両国において相手を見る目の変化だ。

 韓国では従来から反日感情が存在し、日韓で問題が起これば韓国側の反日感情は燃え盛ったが、今回は日本に蓄積された反韓・嫌韓感情の大きさが背景にあるようだ。

 こうした世論を背景に、日韓両国政府は相手を「友好国」として位置づけることや、それにふさわしい扱いをすることに大きな躊躇があるようだ。

 韓国が慰安婦問題や徴用工問題、レーダー照射問題などで日本側と十分意を尽くした協議を行おうとせず、日本側も韓国を外交青書などでも価値を共有する重要な隣国という位置づけから降ろしてしまった。

 友好国間では公開の論争を行う前に政府間の協議を行うのを常とするが、最近の日韓関係ではそのようなプロセスは目につかず、直ちに世論に打って出るような気配がある。