3密にならないアニメ制作は可能なのか?

――アニメ制作は“密”な環境で行わなくてもリモートでもできるということですね。

 答えはイエスでありノーです。例えば、通常使われている社内チャットツールや、ショットガン(アニメ制作等で使われるプロジェクト管理ツール)は、リモートに入る前にもすでに日常的に使っていました。これをリモートでやることは特に問題はない。ただ、物理的なスタジオは絶対必要。今回リモートがうまくいったのは、同じ部屋で仕事を長らく一緒にしてきて、お互いの性格も仕事のやり方も分かっているからという要素が強い。初対面の300人でいきなりリモートを始めたらここまでうまくいかなかったでしょう。

 こういう、人間の関係性づくりはリアルでしかできない面もまだ多い。例えば、アニメ制作に関わる人間は、フリーランスも含めてみんなJR中央線沿線に住んでいますよね。これは、紙をやりとりする(注:紙に描いた原画・動画原稿をスタジオに集めるタイプの一般的な制作手法。連載#1参照)のに便利だということと、制作スタジオに営業に行って仕事を取ってきやすいから(注:日本の主要アニメ制作会社はその多くが東京都杉並区に立地している)、という点もある。こういう営業がリモートでリアルと同じようにできるか、というとなかなか難しいと思います。

――そうすると、全ての制作会社がリモートワークに切り替えられるわけではないということですね。リモートワークに切り替えられるある程度のインフラの整備や、デジタル化に対応したツールへの習熟ができていないと、いきなり始めてもうまくいかない?

塩田周三ポリゴン・ピクチュアズ代表取締役社長しおた・しゅうぞう/上智大学法学部国際関係法学科卒業。1991年新日本製鐡(現日本製鉄)入社。97年ドリーム・ピクチュアズ・スタジオ立ち上げに参画後、99年ポリゴン・ピクチュアズ入社。2003年代表取締役に就任し、海外マーケット開拓に注力。08年には、米国アニメーション専門誌「Animation Magazine」が選ぶ「25 Toon Titans of Asia(アジア・アニメーション業界の25傑)」の一人に選定された。16年の仏アヌシー国際アニメーション映画祭では審査員を務める。米国育ち Photo by J.T.

 難しいと思いますよ。そもそもインフラも経験もない組織が、ゼロからリモートワークに突然切り替えるのは、少人数の制作スタジオならまだしも、大きい組織では無理でしょう。当社がいわば「壮大なる実験」をして気付いたのは、リモートワークをちゃんと運用するには会社も個人も相当しっかりしないといけないということです。

 会社側は、仕事の評価を成果物で行うわけですが、与えたスケジュールの中でどのくらいの成果を上げられたのか。ふわっとトラッキングするのでなく、数値をもって追えるやり方やツールを活用すべきです。個人の方も、個々の自己管理能力が問われます。僕らはこれまでも、社員の労働管理と工程管理を徹底していて、残業や長時間労働をしない、オフィスは午後9時になると電気が消えるというやり方でアニメを作ってきました。ただ、さすがにそれでもリモートに切り替えたこの4、5月の作業時間は平均的には増えた。自宅だと余計に働いちゃうんですね。意識を含め、いろんな意味で変えなきゃならない。

――緊急事態宣言解除後の、今後の仕事の仕方はどうなるのでしょうか。

 6月18日から自宅ではどうしてもパフォーマンスが上がらない人を徐々に職場に呼び戻し始めています。家でもオフィスでも働けるようにする。出社人数の上限は決めていませんが、幸いにしてリモートでやり切れる人が一定数いるので、ガリガリ管理しなくても大体5割くらいの出社比率なんですよね。「自宅で一人で仕事をしてると頭がおかしくなる」という人もいるし、神奈川・葉山に住んでいて会社に通勤するより自宅で仕事をした方が生活の質が上がるという人もいる。この工程、この人はリモートで成果が上げられるかどうかをベースに、個人の意思を尊重します。

世界最大の供給能力を持つ日本のアニメ業界、
どこに能力を振り分けるか再検討が必要だ

――アニメへの需要はステイホーム期間中伸びました。アニメ業界にとって追い風になるのでしょうか。

 現在業界全体で共通しているのが、人手不足です。今後どんなにアニメの需要が高まっても、この人手不足が解消されない以上制作キャパシティーを大きく増やすことは難しい。ただ、これまで難しいといわれてきたリモートワークが、アニメ制作においてもできるようになると、新たなワークフローができ、作業効率が刷新されたり、今まで採用したくてもできなかった地方在住の人などと仕事ができるようになる。アニメ業界での働き方がいろんな意味で変わり、今以上にいろんな人たちを巻き込みながらモノを作れる可能性が出てくる。コロナ禍が劇薬となり、この流れは加速化するでしょうね。

 日本の年間のアニメ制作量は、世界的に見ても異常な多さです。作品それぞれにそこそこの需要があり事業として成立したからこそ、これだけの量を作ってきたわけではありますが、大量に作ることがアニメーション業界にいる人をみんな幸せにしてきたかというと、そうではない。これまではいびつな形で何とか成立してきたわけです。

 ただ、良い面を見れば、日本にはそれだけ生み出せる制作能力がある、ということでもあるわけです。だからそのキャパシティーをどう振り分けるのが適正なのかを、この機に考える、これまでとは違う視点を持つことがこのコロナ禍を経て求められているような気がしますね。