音楽フェス有料配信のポイント(1)
「特別な体験」

黒岩氏Photo by T.H.

 3つほど理由があると思います。まずは「特別な体験」です。カウントダウンライブや、先日のサザンオールスターズさんのケース(編集部注・6月25日に横浜アリーナにて行われた無観客ライブ配信)のような、一夜限りの「特別な体験」にはお金を払ってストリーミング配信を視聴する価値はあると思います。しかし、通常のライブと同じ演目のものを毎回毎回、ストリーミング配信しても、それほどの価値を生むことはできません。コロナ禍が過ぎればなおさらです。

 例えばマルチアングルのカメラワークがあって、グループの中で自分はこの子のファンだからこの子だけを映しているカメラに対して有料課金するとか、今だと投げ銭の仕組みとか、そうしたエンターテインメント性が画面上で分かれば、ゲーム感覚の経済が生まれていく可能性はあります。

 海外でもそういったゲーム体験のようなものがないと、なかなか有料化は難しいようですね。そういう意味では、韓国のBTSさんのようなアーティストはすごいと思います(編集部注・6月14日に初の有料オンラインコンサートを敢行。6つのアングルから見たい画面を選ぶ仕組みなど、随所に工夫が施された)。やることも早い。粘着力の強いファンを持っているので、こうした場合は有料配信も定着していくと思います。

音楽フェス有料配信のポイント(2)
「空間づくり」

 6月20日と21日にわれわれの音楽レーベルが、AbemaTVさんの「PayPerView」(編集部注・動画配信サービス「ABEMA」上で配信するオンラインライブを有料視聴するシステム)を活用して「LIVE HUMAN 2020」という生配信のオンライン音楽フェスを開催しました。

 音楽フェスというのはさまざまなアーティストが出演します。好きなアーティストは見るけれど、その後もずっと見ていられるかというと難しい。今回は2日間で24組。これらのライブを約20時間、ずっと画面上で見ているということは難しい。スタジオやアーティストは変われど、ひとつのカメラでひとつの画面をずっと見ることは果たしてマーケットから考えるとどうなのだろうか?その辺りは課題があると感じました。

――音楽フェスは、複数のステージ間を行き来したり、雰囲気自体を味わうことが楽しかったりしますね。

 そうなのです。フジロック(フェスティバル)を好きな人が、お金を払ってひとつのステージの配信をひとつの画面で、朝から晩までずっと見ていられるかとなると、そうではないですよね。好きなアーティストであったら2時間でも3時間でも見てられると思うんですよ。でも音楽フェスというのは、さまざまなアーティストのステージがあったり、それらを回遊できたり、それがあることで成立している部分もあります。

 そのため、複数のステージがあって、画面上でどのステージを見るか選ぶことができ、それを好きなタイミングで画面の切り替えができたりと、実際の音楽フェスが持つような「空間づくり」とそのための技術が、これからは必要になっていくのではないでしょうか。

音楽フェス有料配信のポイント(3)
「マーケットの規模」

 そして、「マーケットがどれだけ大きいか」がやはり重要です。「やれるかやれないか」に関しては、技術の進歩が追い付いていくとは思いますが、「やるかやらないか」はやはり経済的に見合うかどうかですね。

 チケットの収益やシステム使用料等を換算したときに、ストリーミング配信で経済的に利益が出ているという話は、先ほどのサザンさんやBTSさんなど一部の大物アーティスト以外は、あまり聞いたことがありません。今はまだ割が合わないのでしょう。

 例えば韓国のSM ENTERTAINMENTさんがNAVER(LINEの親会社)さんと一緒につくった『Beyond LIVE』(編集部注・AR技術やCG等を組み合わせた音楽ライブ配信サービス)という先端のシステムがありますが、こちらを活用してライブを実施する場合、CG制作などのコストを踏まえると、採算ベースで合わせていくのが難しいと聞きます。「開発にはどのくらいの費用をかければいいのだろうか」「一体どのくらいの人が有料で配信を見てくれるだろうか」などを踏まえながら見極める必要があるのです。

 一方で、先日のBTSさんの有料配信は、100カ国以上で75万人以上が有料のチケット(編集部注・1枚約2600~3800円。約19億円を売り上げたとされる)を購入しています。そういったパイを持ったコンテンツに対しての有料配信というのは、行う意味はありますよね。

 でも日本で3000円の有料配信を10万人が見た場合、売り上げは約3億円。そこからシステム開発費や使用料などを差し引くとちょっとまだ見合わない。

 今、有料のストリーミング配信はレッドオーシャン化してきている部分もあります。次のa-nationでは、ただ単純に「次のアーティストは誰々です」「はい、続いてのアーティストは誰々です」といった形でいいのだろうかというのは、今、チームで検証しているところです。

 このタイミングでは正直何が正しいかという答えがあるわけではないので、今の状況を逆手に取って、a-nationをはじめ、今年に関しては本当に面白いことにトライしていきたいなと思っています。

――ありがとうございました。

 次回#04『エイベックス松浦勝人前CEOが退任した背景とは?後継者が語る』では後編として、株主総会を終えたばかりの黒岩氏に、コロナ禍の影響やアーティストの状況をはじめ、松浦勝人氏のCEO退任の影響、新たなプラットフォーム事業の可能性など、コロナ禍以降の音楽業界やエイベックスのビジネスモデルなどについて聞いた。こちらも併せて読んでほしい。

Key Visual  by Hirokazu Mori(waonica)