自動車業界の「破壊的革新者」の名声をほしいままにしてきた米電気自動車(EV)メーカーのテスラが、2030年までに年間2000万台を生産する壮大な計画をぶち上げた。ダイヤモンド編集部では「10年後のテスラ」の財務を独自に試算し、テスラに迫る壁をあぶり出した。特集『超楽チン理解 決算書100本ノック!』の#10では、テスラの大風呂敷計画の検証と、いや応なしにテスラの戦略に巻き込まれる旧来型自動車メーカーの葛藤を描く。(ダイヤモンド編集部副編集長 浅島亮子)
前人未到の「大風呂敷」計画
トヨタにたたきつけた“挑戦状”
9月28日、米電気自動車(EV)メーカー、テスラのイーロン・マスク最高経営責任者(CEO)が「大風呂敷」計画をぶち上げた。2030年までに年間2000万台を生産する見通しを明らかにしたのだ。
2000万台という数字は、あまりにも野心的だ。なにしろトヨタ自動車の生産規模の約2倍である。テスラの19年の生産台数は約36万台なので、向こう10年で50倍を超える規模にまで一気に拡大路線を突き進むということだ。
自動車製造ビジネスからソフトウエアやモビリティサービスでもうけるビジネスへの転換、基幹デバイスであるバッテリーの内製化方針に続く、2000万台計画──。富裕層をターゲットにビジネスモデルの革新性で勝負してきたテスラが、いよいよ「量産」というレガシー企業の金城湯池に攻め込んできた。
2000万台計画のぶち上げは、テスラが質的にも量的にも「次世代のモビリティ業界」のメインストリームとなるという宣言であり、トヨタや独フォルクスワーゲンといったレガシー企業に対する“最後の挑戦状”であるともいえる。
EVへの追い風も相まって株式市場のテスラに対する期待値は高まるばかりだ。時価総額は4641億ドル(約48.2兆円)まで高騰し、自動車業界の世界一の座に上り詰めた。トヨタやホンダら日系自動車メーカー7社の時価総額の合計は約36.5兆円(11月20日現在)であり、日系メーカーが束になっても全く歯が立たない状態だ。
トヨタとて、テスラの躍進ぶりを意識しないではいられないようだ。21年3月期第2四半期(20年4~9月)決算説明会で、豊田章男・トヨタ社長はソフトのアップデートで収益を上げるテスラを評価しつつも、テスラのビジネスを料理に例えることでトヨタの優位性を強調した。やや長文になるが、豊田社長の言葉を抜粋する。
「トヨタにあってテスラにないのは、1億台を超える保有(台数)の母体とリアルの世界。テスラのビジネスは、キッチンやシェフがまだそろっていない(リアルの世界がない)中で、レシピをトレードして『テスラのレシピが将来は世界の料理のスタンダードになるよ』という点で株式市場から評価されている。トヨタにはキッチンもあればシェフもいる。リアルな料理を食べていただける口うるさいお客さまもいる。世界のエネルギー事情はさまざまで、多様な電動化のメニューを持っているトヨタが一番選ばれるのではないか──」
世界中で量産体制を築いた先駆者としての意地とプライドが垣間見える強気の発言である。豊田社長が言うように、テスラにリアルの世界で量産体制をオペレーションできるだけの能力があるのかどうかについては、専門家の間でも議論の分かれるところだろう。
テスラがプレミアムカテゴリーから量産カテゴリーの世界へ降りてくるとなれば、「販売価格の引き下げ」と「原価低減」という継続的なコストプレッシャーからは逃れられない。また、開発から調達、生産、販売に至る世界規模のサプライチェーンの運営も複雑になる。
世界中のどの自動車メーカーも足を踏み入れたことのない「2000万台体制」とはどのような世界なのか。ダイヤモンド編集部では、テスラが30年に2000万台体制を達成すると仮定して、「10年後のテスラ」の業績予想シミュレーションを独自に行なった。
その試算結果からは、さしものテスラにも高い壁が待ち受けていることが明らかになった。テスラが直面する壁の正体とは何なのか。