御三家の戦略を徹底比較
時計ユーザーの裾野を広げるための術とは
時計御三家の戦略は、高級化とブランド力の強化という点では共通している。携帯電話やスマホ、さらにはスマートウォッチが普及する中、単なる「時刻を知る手段」としては生き残っていけず、装飾品として付加価値を高めていくことが不可欠になっているからだ。
だが、各社の戦い方には大きな違いがある。個別に見ていこう。
ブランド力強化で一定の成果を収めているのがセイコーだ。本特集の#5『ロレックスは2年で倍の600万円に高騰!海外高級時計と戦える唯一の「国産ブランド」は?』でも述べた通り、「グランドセイコー(GS)」が高級ブランドとして世界に名をはせるようになるなど、高級品ビジネスが軌道に乗りつつある。
さらに、プロスペックスやプレザージュなど、10万円前後~数十万円の中級品ビジネスも強化を進める。高級品や中級品を含むグローバルブランド全体が事業をけん引しており、22年度は日本、欧州、米国でウオッチ事業の売上高が増加している。業績が伸びていることに対し、前出のセイコー関係者も「GSをはじめ、セイコーブランドが世界で認知されるようになり、持続的成長の兆しが見えてきた」と自信をのぞかせる。
一方シチズンは、幅広い価格帯をそろえているという点ではセイコーに似ているが、その戦術には大きな違いがある。GSをはじめ自社ブランドに立脚しているセイコーに対し、シチズンはM&Aを通じたマルチブランド戦略を展開しているのだ。
シチズンブランドやブローバが主に中価格帯を担い、フレデリック・コンスタントが高価格帯、アーノルド・アンド・サンがさらに高級なエリアといった具合に、シチズンは買収によって価格帯のレンジを広げてきている。
シチズンは、広範な顧客層に対応しているという点ではオールラウンダーだが、これは「高級ブランドを強化しているセイコーとは異なり、目立った特徴がない」(国内他社ブランド関係者)ことの裏返しでもある。そのため、高価格帯を強化してブランド力を高めていくことが課題となっている。
セイコーともシチズンとも異なる、全くの独自路線を採っているのがカシオだ。カシオの時計事業の中核であるG-SHOCKは、グローバルで根強い人気があり、今後もG-SHOCKを軸とした成長戦略を採っていく構えを見せている。
G-SHOCKは、国内他社ブランドに比べて、機能や価格帯がスマートウォッチに近いものが多い上、Bluetooth搭載モデルの歴史は10年に及ぶ。そのため、「G-SHOCKファンという安定した顧客層を確保しているのだから、スマートウォッチにかじを切ってもよいのでは」(長年カシオの経営を見てきたアナリスト)との声も上がるが、カシオは他社がすでに販売しているようなスマートウォッチの“汎用機”を作ることはせず、従来通りのニッチな領域で勝負する姿勢を崩していない。
ニッチ戦略を採るG-SHOCKだが、高級化とブランド力の強化を進める点は他社と変わらない。10~20代の若い層には1万~2万円のモデルを手に取ってもらうことでブランドを認知させ、30~40代を高級モデルの購買層にしていく戦略だ。中高年向けには数十万円のモデルもあり、高価格帯のラインアップ強化に注力している。
このような各社の高級化路線に対しては、異議も唱えられている。各社が高価格帯のみならず、低価格帯も底上げを図ったことで、2万~3万円の腕時計が急激に手薄になってしまったのだ。ある時計業界関係者はこう警鐘を鳴らす。
「価格レンジの広かった日本の各メーカーが、高価格帯に注力する中で低価格帯も値上げしたため、2万円前後のボリュームゾーンがなくなってしまった。このままでは腕時計が富裕層にしか買えなくなってしまい、市場が活性化していかない」
この指摘の通り、単に値上げを続けるだけではユーザーは増えていかず、いずれ各社の成長は頭打ちになってしまう。スマートウォッチの普及が腕時計業界にとってチャンスであるとすれば、この機に乗じて時計ユーザーの裾野を拡大させていくことが、時計各社の持続的成長につながるのではないだろうか。
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