保険金水増し請求の不正で問題になった中古車販売大手ビッグモーターの買収に伊藤忠商事が乗り出した。伊藤忠はグループでレンタカーや高級外車のヤナセなど自動車関連ビジネスを展開してきたため、この分野の延長線にあるとみえるが、実は、主導しているのは住生活とエネルギー・化学品の社内カンパニーだ。伊藤忠がこれまでに打ってきた布石をつぶさに分析するとビッグモーター買収に隠された野望が見えてくる。買収金額の独自試算とともに、見えてきた三つの戦略を探った。(ダイヤモンド編集部 金山隆一)
伊藤忠のビッグモーター買収で
ストップ高となった新規公開株
保険金水増し請求の不正を起こした中古車販売大手ビッグモーター。1月5日、伊藤忠の岡藤正広会長最高経営責任者(CEO)が記者団の取材に応じ、ビッグモーター買収に関する結論を急ぐ考えを示したと報じられると、翌週の9日、自動車メンテナンス受託事業を展開するナルネットコミュニケーションズの株価が上場来高値を更新し、前日比150円高の1005円まで買われた。
伊藤忠は昨年8月、伊藤忠エネクスと共同で、2023年12月に上場する直前のナルネットの株式36%を取得していた。「ビッグモーターの買収が、ナルネットにプラスになる」との思惑から買いが集まったのだ。
ナルネットは全国約1万1500カ所の自動車整備工場と提携し、車両のメンテナンスに関するデータを管理し、個人向けリース商品の企画や提案、車両買い取りなどを手掛けている。ナルネットへの資本参加に際し、伊藤忠は「昨今、EV(電気自動車)化やEC(電子商取引)が進み、人やモノの移動サービスも多様化する中、ナルネットと戦略的に提携し、多種多様な自動車整備に対応可能な体制を構築し、自動車アフターマーケット事業の拡大に取り組んでいく」と説明していた。
伊藤忠は英国ではタイヤの卸から小売り、回収、整備にいたる車両周辺のビジネスを展開している。伊藤忠エネクスも国内でガソリンスタンド、カーディーラー、中古車オークション事業を手掛けている。ビッグモーター買収はこの戦略の延長線上にある。
3月6日には、伊藤忠が企業再生ファンドのジェイ・ウィル・パートナーズ(JWP)、燃料事業子会社伊藤忠エネクスの3社で、ビッグモーターと事業再建に向けた契約を締結し、4月後半をめどに新会社を発足すると発表。会社分割方式により、新会社が中古車ビジネスを手がけ、中古車販売の優良店舗や整備工などの社員も引き継ぐが、買収額は非公表だった。
中古車輸出業者のT氏(57)はこう語る。「自動車まわりの事業を広げるうえでビックモーターのインフラが買いたたけるのであれば、とても魅力的。町で見かけるビッグモーターの整備工場は、車検が通せる指定工場(民間車検工場)の資格を(行政処分で)取り消されたが、この整備工場が(伊藤忠によるビッグモーター買収の)狙いであることは確実だ。車検制度が今年10月から変わりダイアグノーシスという新しい検査が必要になる。ユーザー車検が前より難しくなるから、需要増が期待できる」という。ダイアグノーシスとは、車体の不備や不具合を診断する装置で、クルマに端子をつなぎ、出力されるデータで不備や不具合がないかを診断する技術だ。
実はいまEVへの対応も含め高度化する自動車整備工は、人手不足で人材確保が難しい状態にある。国土交通省によると、21年の国内の自動車整備の従事者は3%減った。少子化の影響などで整備士の志望者が増える見込みは少なく、22年度の自動車整備業の有効求人倍率は全職種の約4倍の5.02倍だった。この中でビッグモーターが幹線道路沿いに持つ大型店舗に併設された整備工場は、自動車サービスの拡大に欠かせないインフラになるというわけだ。
ビッグモーターによれば全国128の整備工場のうち、国交省の検査で37の指定工場が取り消され、残る指定工場は64、民間車検できない認証工場が27ある。国交省によれば指定を取り消されると最低2年は再申請できないという。この間、ビッグモーターは民間車検が通せない工場が約半数にのぼることになる。
しかし、整備工場以外にも事業の広がりが期待できるポテンシャルがこの買収には隠されている。一つは再編が進む中古車オークションビジネスへの参入、そしてEVシフトで発展が期待される蓄電ビジネスなど電力サービス事業の拡大に向けた基礎固めだ。
次ページで戦略の詳細と、その将来性をどれほどの金額で買収するのかを探っていく。