今夏の東京都知事選挙で15万票超を獲得し、5位になった安野貴博氏。AIを駆使した選挙戦も話題になった。特集『生成AI 大進化』の#16では、日本を代表するAIエンジニアである安野氏に、選挙戦の舞台裏やAI活用のコツ、AIの注目企業や今後必要となってくるスキルを聞いた。(聞き手/ダイヤモンド編集部副編集長 大矢博之)
AIのメリットは大量の人から意見を聞ける点
24時間いつでもコミュニケーション
――東京都知事選挙でAIを活用しようと考えたきっかけは。
今までの選挙はある意味で、一方方向型でした。われわれは「ブロードキャスト型」と呼んでいたのですが、候補者が、一方的に多くの人に考えを発信する場になっていました。
AIのメリットは、大量の人からさまざまな意見を聞ける点です。だから、AIを使うことで、ブロードキャストの逆の「ブロードリスニング」を実現できるのではないかと考えました。ならば、みんなから意見を聞いてコミュニケーションするためには、どういう形が最適なのか。そう考えて生まれたのが「AIあんの」です。
実際には、動画サイトYouTubeのライブ上に私のアバターがいて、アバターは私のマニフェストを学習しています。そして、ライブ動画に寄せられたコメント全てに対して回答するという形で、選挙戦の17日間は24時間いつでもコミュニケーションが取れる仕組みにしました。
――どうやって実現したのですか。
今回われわれが使ったのはRAG(検索拡張生成)という技術です。大規模言語モデル(LLM)そのものを作ることはとても大変ですが、RAGは結構簡単にできます。LLMに指示するプロンプトに、必要な情報を追加してくれるような仕組みです。
質問に対してそのままLLMに答えさせるのではなく、「安野貴博になり切って回答してください」「経済政策に関する質問には、マニフェストのこのページを参照して回答してください」という情報を、LLMに指示するプロンプトに自動的に入れてくれるようなイメージですね。
マニフェストや政策集などはソースコード共有プラットフォーム「GitHub」に置いてあり、そこを参照しに行きます。ですから、事前に設定していない内容に関する質問にはあまり答えないようになっています。
――AIあんのの裏側で動いていたLLMは何を使ったのでしょうか。
実は米グーグルの「Gemini」など、有名なLLMをいろいろと替えながら運用しました。詳細は明かせませんが、LLMの性能や価格に差があるので、試しながらですね。
――企業がAIを活用したサービスを市場に投入する際に、間違えた場合のリスクなど、技術とは別の理由でやめる場合があります。どんな判断基準で投入を決めたのですか。
一番のリスクは変な発言をしだすことですよね。今回は政治的な話で極めてセンシティブなので、ガードレールのようなものを設けました。質問に特定の単語があった場合には、「まだ学習中なので答えられません」などと応じるようにしたのです。
都知事選は地方自治の話なのですが、「ロシアについてどう思うのか」といった外交に関する質問も結構ありました。また、「他の候補者をどう思うか」という質問も頻出です。こうしたセンシティブな質問には「学習中です」と答えるようにして、ある程度リスクはヘッジしました。
とはいえ、それでもおかしな発言をするリスクはある。しかし一方で、そのリスクと、AIあんのを使えばコミュニケーションを取れる人がどれだけいるのかというメリットを比較して、やっぱりこれはやるべきだろうと判断しました。
そして、AIは一度作って終わりではありません。日々の運用でどんな質問があったかを確認し、これは答えた方がいいと判断した質問には回答するよう随時改良しています。