
野口悠紀雄
日経平均株価の大幅下落は外国人投資家の日本株売りが大きな要因だが、彼らのヘッジ取引が下落を増幅した面がある。本来なら円売りで円安圧力となり日米金利差縮小による円キャリートレードの巻き返しによる円高を緩和するのだが、ヘッジ取引でその効果が働かなかったからだ。

ふるさと納税による寄付額が1兆円を超えたが、大都市の税収減や寄付を受ける自治体間の不公平などの問題が無視できなくなっている。総務省は『隠れ返礼品』となっている仲介サイトによるポイント還元の禁止を打ち出したが、より根本的な問題に目を向け、寄付税制の原則に戻るとともに返礼品を一切禁止すべきだ。

アメリカや中国ではライドシェアリングが普及し広く利用されているが、日本ではタクシー会社だけが運営主体で時間帯や台数も制限されている。タクシー業界の既得権益への配慮からだが、バス路線の廃止やタクシーがなかなか捕まらない問題が看過できなくなっている。小手先の規制一部緩和でなく全面解禁を急ぐべきだ。

日本銀行の政策金利引き上げは適切なものだと評価できるが、それは日銀が言うような「物価と賃金の好循環が生じている」からではない。いまの賃金上昇は生産性向上によるものではないため経済はスタグフレーションに陥っている。その元になっている円安を阻止するという意味からすると遅すぎる利上げだ。

1~5月の新NISA口座を通じた買い付け額は前年同期の4.2倍に急増した。これが円安の直接的原因かどうかは疑問だが、資金の海外流出を増やしているのは事実であり、そのこと自体が問題だ。経済成長のために国内で使える資金が減ることを意味するからだ。「貯蓄から投資」という政策は間違っている。

在職老齢年金制度は、長く働く高齢者への「ペナルティー」になっており「エイジレス社会」の理念と矛盾する。給与所得だけを対象にしていることや高齢者の低賃金化を招いている可能性があるなど、不公平で不合理な点がある。制度は廃止する必要がある。

2024年公的年金の財政検証では経済成長が順調なケースでは年金収支や所得代替率は改善するが、成長率や賃金が現実的な見通しの下では年金の所得代替率は現在に比べて大きく落ち込む。老後のための要貯蓄額は3500万円程度、場合によっては5000万円になり、対策を早急に考える必要がある。

政府・日銀は2%物価目標実現で日本経済は持続的な成長軌道に戻るとしているが、IMFの2029年までの「世界経済見通し」では、今後、消費者物価上昇率は2%程度になるが、実質GDP成長率は0.4%程度にしかならない。無意味な物価目標を廃棄し財政健全化や年金財政検証も現実を直視して進めるべきだ。

歴史的な物価上昇のもと1~3月期の実質GDPは再びマイナスとなり家計消費は4カ月連続マイナスが続くのに対して大企業の利益は増大している。輸入物価が上昇したときには、販売価格を引き上げ、消費者など最終財の購入者に負担を転嫁したが、2023年以降、輸入物価が下落しているのに、これを消費者などに還元していないからだ。

上場企業の決算は史上最高益と言われるが、法人企業統計調査をもとに分析すると、それは原価の上昇を販売価格に転嫁することによって実現した。他方、労働分配率は低下している。価格転嫁という消費者の負担増で大企業は利益増を達成したのが実態だ。

異常な円安は日米の金利差だけでなく、デジタル赤字など日本経済の構造に原因があるとの見方があるが、真の問題は日本経済が利上げに対する耐性を持たないため、金利を引き上げられないことだ。財政を含め経済の弱さが金融政策の自由度を低下させていることだ。

これまでほとんど伸びていなかったGDPデフレーターが急伸している。これは企業が輸入物価が下落したのを売上価格引き下げに反映させなかったためだ。欧州とは違うメカニズムだが、企業の利潤拡大行動が物価水準を高騰させる「強欲インフレ」が日本でも起きているといってよい。

前回の公的年金財政検証が行われた5年前、「老後に約2000万円が不足」という試算を巡って騒動が起きた。老後生活に必要な積立額をその時と同じ方法で計算すると、当時の「2000万円」が「1108万円」になる。もともと必要資金の評価方法には疑問もあったが、重要な問題であり議論を深める必要がある。

賃金と物価の“好循環”による経済活性化に期待する声があるが、物価上昇で実質賃金が下落し消費支出が減ってGDPがマイナス成長に陥っている。政府は賃金上昇を価格に転嫁させようとしているが、それはコストプッシュ・インフレを加速させ「スタグフレーション」を進めるだけだ。

円安になれば輸出数量が増え国内の生産が増える「メリット」があると言われていたが、円安が加速した2023年のドルベースの輸出額は減少した。円安で企業利益が増えるのは、原材料価格の上昇を消費者に転嫁するからで、円安は自動車など一部の業種以外は日本に何のプラスの効果ももたらさない。

大卒初任給が大幅に上昇、金融などでは企業間の横並びも崩れてきた。人手不足感の高まりや大卒年齢の22歳人口が急減する問題が背景にあるが、本来は生産性向上で対処すべきなのに頭数を揃えるという発想から脱却できておらず、“一律横並び”で人材確保に走っているのが実態だ。

日本社会は学歴による賃金差が大きいという意味で「学歴社会」だと言われるが、賃金差の要因は企業規模による方が大きい場合もある。塾などの費用も含めた進学に必要な費用は高卒者との賃金の差では取り返せない計算で、大学進学は割に合わない“教育投資”といえる。

2024年の公的年金財政検証の基礎となるマクロ経済などの想定が決められた。年金の所得代替率や財政収支などは実質経済成長率によって大きく左右されるが、「長期安定」や「現状投影」など中心的なケースの成長率に関する想定は、非現実的なまでに楽観的だ。

アメリカへの移民の急増は社会的な混乱をもたらし、11月大統領選の大きな争点だが、同時に移民の増加は労働力の供給を増やしインフレを緩和させる効果を持っている。これは、FRBの利下げタイミングに大きな影響を与える。

多額の補助金を支出して誘致した世界最大の半導体ファンドリー、TSMCの熊本工場が操業を開始し日本の半導体産業復活の期待が高まる。だが現状、熊本工場で作られるのはAIなどに使う最先端半導体ではない。そもそも日の丸半導体凋落の原因はほかにある。政府がいくら補助金を出しても状況は変わるものではない。
