野口悠紀雄
日本が今よりもっと円安だった40年前と比べて、ずっと貧しくなった深刻な事情
今の異常な円安の原因は、世界の中央銀行が金融引き締めに転じたなか、日銀だけが過度な金融緩和を継続したことの結果といえる。日本経済にさまざまな問題を引き起こしているこの惨状を、どう立て直していくかが、日銀に課された大きな課題だ。はたして、その打開策とは?本稿は、野口悠紀雄『アメリカはなぜ日本より豊かなのか?』(幻冬舎新書)の一部を抜粋・編集したものです。

石破政権は緊急経済対策としてガソリン代や電気・ガス代の補助を延長する可能性が強いが、物価高対策は技術革新促進や労働生産性引き上げなどで実質賃金を引き上げる環境整備に重点を置くべきだ。補正予算についても規模ありきで中身が吟味されないのでは効果は期待できない。

今回の総選挙では実質賃金の引き上げを公約などに掲げる政党が目立つが、実現は価格転嫁によってできるほど簡単なものではない。王道は生産性の向上でありサービス業の中で新たなビジネスを生み出すなどによって産業構造を転換する大改革が必要だ。

総選挙が公示されたが、石破茂首相は自民党総裁選で語っていた利上げ支持や金融所得課税強化などの経済政策の主張を地方創成を除けばほぼ全て“否定”してしまった。しかし方向転換が選挙対策として適切だったとは考えられない。改革を望んで石破氏が率いる自民党に投票したであろう人の票を逃したことにならないか?

石破新政権はアベノミクスの徹底的な検証を行なうべきだ。これが誤った政策で成功するはずがなかったことは、異次元緩和などが続けられた約10年の日本経済を見ても明らかだ。新しい経済政策体系への移行や自らが掲げる防衛力強化や格差縮小の実現で正しい政策を実行するためにも、アベノミクスからの決別が必要だ。

世界の中央銀行が利下げを始めており、FRBも利下げを開始した。2026年には政策金利が2.8%程度まで低下する見通しが示されている。一方で日本銀行は金利正常化に踏み出したものの政策金利は自然利子率などから推計した中立金利よりはるかに低い水準で、正常化の見通しや判断基準も揺らいでいる。

AIはこれからの世界の基本方向を決める極めて重要な技術だが、日本はAIの開発や活用、人材育成で米国などに大幅に遅れ、政治の場ではあまり関心が持たれていない。自民党の次期総裁はAIの影響を正しく把握しながらにどう活用しAI人材をどう育成するのかなど基本戦略を示す必要がある。

自民党総裁選挙では日本経済の長期成長戦略が重要な論点となるべきだが、議論はライドシェア解禁やマイナ保険証の問題にとどまる。大学など高等教育体制の刷新や生成AIの開発・利用など分散・分権型の情報や社会のシステムを見据えたデジタル化加速の具体的な政策論争を展開すべきだ。

7月利上げとのその後の株価暴落後、日銀の政策決定の判断の根拠が揺れ動いているように見える。利上げの条件に株式市場の安定が語られるようになり、7月利上げの際には為替レートについても見解を修正した。金融政策に影響する経済変数は何かを明確にかつ首尾一貫して示す必要がある。

6月の実質賃金の対前年同月比が27カ月ぶりのプラスになったが、「単位労働コスト」は上昇し労働生産性は低下している。春闘の高賃上げは、賃上げ分を価格に転嫁しいわば消費者の負担で実現したもので、生産性向上によらない実質賃金の上昇は続くものではない。

市場での為替レートは投機取引で大きく動くが、その均衡値が購買力平価だと考えると、1ドル100円程度だ。円高方向に反転はしたもののそこまで円高が進むことあり得ないと、多くの人が考えるだろう。だが市場レートが購買力平価より円安になるのは歴史的に見ると、むしろ異例のことだ。

日経平均株価の大幅下落は外国人投資家の日本株売りが大きな要因だが、彼らのヘッジ取引が下落を増幅した面がある。本来なら円売りで円安圧力となり日米金利差縮小による円キャリートレードの巻き返しによる円高を緩和するのだが、ヘッジ取引でその効果が働かなかったからだ。

ふるさと納税による寄付額が1兆円を超えたが、大都市の税収減や寄付を受ける自治体間の不公平などの問題が無視できなくなっている。総務省は『隠れ返礼品』となっている仲介サイトによるポイント還元の禁止を打ち出したが、より根本的な問題に目を向け、寄付税制の原則に戻るとともに返礼品を一切禁止すべきだ。

アメリカや中国ではライドシェアリングが普及し広く利用されているが、日本ではタクシー会社だけが運営主体で時間帯や台数も制限されている。タクシー業界の既得権益への配慮からだが、バス路線の廃止やタクシーがなかなか捕まらない問題が看過できなくなっている。小手先の規制一部緩和でなく全面解禁を急ぐべきだ。

日本銀行の政策金利引き上げは適切なものだと評価できるが、それは日銀が言うような「物価と賃金の好循環が生じている」からではない。いまの賃金上昇は生産性向上によるものではないため経済はスタグフレーションに陥っている。その元になっている円安を阻止するという意味からすると遅すぎる利上げだ。

1~5月の新NISA口座を通じた買い付け額は前年同期の4.2倍に急増した。これが円安の直接的原因かどうかは疑問だが、資金の海外流出を増やしているのは事実であり、そのこと自体が問題だ。経済成長のために国内で使える資金が減ることを意味するからだ。「貯蓄から投資」という政策は間違っている。

在職老齢年金制度は、長く働く高齢者への「ペナルティー」になっており「エイジレス社会」の理念と矛盾する。給与所得だけを対象にしていることや高齢者の低賃金化を招いている可能性があるなど、不公平で不合理な点がある。制度は廃止する必要がある。

2024年公的年金の財政検証では経済成長が順調なケースでは年金収支や所得代替率は改善するが、成長率や賃金が現実的な見通しの下では年金の所得代替率は現在に比べて大きく落ち込む。老後のための要貯蓄額は3500万円程度、場合によっては5000万円になり、対策を早急に考える必要がある。

政府・日銀は2%物価目標実現で日本経済は持続的な成長軌道に戻るとしているが、IMFの2029年までの「世界経済見通し」では、今後、消費者物価上昇率は2%程度になるが、実質GDP成長率は0.4%程度にしかならない。無意味な物価目標を廃棄し財政健全化や年金財政検証も現実を直視して進めるべきだ。

歴史的な物価上昇のもと1~3月期の実質GDPは再びマイナスとなり家計消費は4カ月連続マイナスが続くのに対して大企業の利益は増大している。輸入物価が上昇したときには、販売価格を引き上げ、消費者など最終財の購入者に負担を転嫁したが、2023年以降、輸入物価が下落しているのに、これを消費者などに還元していないからだ。
