野口悠紀雄
就業者一人当たりの実質GDPが減少し日本経済は長期的な縮小過程が始まった可能性が高い。生産性低下が主因で、賃金下落も長期的現象になる。景気対策で解決できる問題ではなく構造改革が急務だ。

人手不足のもとでの賃金下落は大企業の「零細企業化」が原因だ。利益の増加は零細企業から放出された低賃金労働者の雇用を増やしたからで、1人当たりの売上高でみる生産性は低下し日本経済停滞の要因でもある。

「人手不足」なのに名目賃金の下落が続く根本には、零細企業の経営不振がある。減量経営で非正規雇用が増えたり放出された従業員が大企業で低賃金のまま働いたりすることで全体の賃金も下落した。

米中貿易戦争による輸出減少などで製造業の売り上げや営業利益が減り、名目賃金も2019年は低下が続いている。日本経済が縮小局面に入り、海外経済の変動に脆弱な体質が浮き彫りになった形だ。

政府が掲げる「全世代型社会保障改革」は全世代が負担を負う改革にすべきだ。人口構造の変化で、若者層が負担し高齢者が受益を得る世代間移転は難しくなっており、高齢者の負担増・受益減は不可避だ。

最終段階の免税事業者は消費増税で便乗値上げをすれば「益税」を得る。推計で総額6000億円程度だが、不明瞭な優遇策であり、生産性の高い課税事業者が競争上不利になり、経済の非効率が温存される。

インボイスは力の弱い事業者が消費税を確実に転嫁できるシステムだ。零細事業者を免税制度で守る間違ったやり方をしたため、その既得権益をなくすのは政治的抵抗が強いが、導入は避けて通れない。

消費税では2023年から前段階でかかった消費税を控除する仕組みとしてインボイスが導入されるが、免税事業者はインボイスが発行できないため、中間段階の取引から排除されるなどの問題が起こる。

消費増税で食料品は8%の軽減税率が導入されるのに、価格が上がることも考えられる。標準税率が10%に上がったので免税業者の税込仕入額が増え、それが販売価格に転嫁される可能性があるからだ。

消費増税の負担を軽減する狙いで軽減税率が導入されるが、免税の零細事業者は、利益が減ったり売り上げが落ちたりする可能性がある。アベノミクスのもと売り上げ減少が続く零細事業者には深刻だ。

非正規雇用の世帯主が高齢化すれば、老後は生活保護に頼るしかない。2040年には高齢者世帯の生活保護率は10%を超え、現在の4倍になる。対応するには消費税率を13%に上げる必要がある。

就職氷河期世代の非正規社員の正規化を図る支援策は、非正規雇用の数に比べ求人数が少な過ぎるなど、政府の「アリバイ作り」のように見える。そもそも特定の世代だけを支援するのは不公平だ。

財政検証は楽観的な経済前提になっており制度維持には年金支給開始の70歳引き上げが不可避だが、この場合、「老後の必要貯蓄は3125万円」。大半が生活資金を賄えず定年延長などの対応が必要だ。

年金財政検証は「所得代替率50%維持」が可能とされたが、物価や実質賃金の上昇率などが楽観的な前提になっている。「100年安心」のためには支給開始年齢70歳への引き上げが不可避だ。

年金財政検証が来週にも公表され、制度の「百年安心」は今回も維持される見通しだ。だが実現できるかは、消費者物価や実質賃金の上昇率などの経済前提が現実的かどうかだ。それは今回も怪しい。

団塊ジュニア世代は非正規や低所得者が多く、2040年頃には「貧しい老後」問題が顕在化するといわれるが、それはこの世代だけのことではない。人口構造の変化や経済の衰退でどの世代もが直面する。

消費増税を前に駆け込み需要が起きていないのは、消費者物価の上昇で実質賃金が下がり購買意欲が落ちているからだ。この3年の物価上昇は消費税2%の増税と同じで本当に必要な対策は賃上げだ。

企業の金余り現象は長い人件費抑制のためで、わずかな売り上げ増でも企業利益が急増するメカニズムが、一方で消費が増えず経済停滞が続く悪循環を生んでいる。これがアベノミクスの本質だ。

銀行の収益悪化は貸し出しが増えないためで、人件費圧縮による企業利益の増加が背景にある。消費が伸びないのも同じだ。長期停滞を脱するには、法人税増税で企業の「金余り」を解消することだ。

企業の「過剰投資」は人件費の圧縮などで利益剰余金が急増したからだ。金融緩和で「金余り」が生じたのではなく、金余りが金融政策を空回りさせたもので、金融緩和は全く無意味だった。
