
野口悠紀雄
中国が検討する仮想通貨の「デジタル人民元」が実現すれば、日本でも使われる可能性があり、通貨主権が奪われて取引情報を中国に握られる危険がある。これを防ぐには「デジタル円」を発行することだ。

2020年度予算は、過大な税収見積もりなど、「財政健全化」が進んだように見せる“トリック”がある。財政再建目標は実現できず、長期金利が正常化すれば利払い費が激増する。

製造業に続いて非製造業の売り上げも減少し始め、企業は人件費圧縮で対応し始めた。消費増税という短期的な要因にとどまらず、家計所得や消費支出は今後も、落ち込んでいく。政府の経済対策では対処できない。

アジアで1人当たりGDPは香港やシンガポールが日本を上回り、大学の実力はとっくに中国などが日本を逆転している。このままでは、韓国が日本より豊かな国になるのも時間の問題だ。現在の日本は、経済力が落ちて教育・研究が進まず、開発力が低下し、そのために成長が停滞するという悪循環に陥っている。

アベノミクスのもとで従業員一人当たりの付加価値は増えても賃金はほとんど上がっていない。その影響は年金などの社会保障制度の行き詰まりや人材の流出など長期的な経済発展にも支障が及ぶ。

就業者一人当たりの実質GDPが減少し日本経済は長期的な縮小過程が始まった可能性が高い。生産性低下が主因で、賃金下落も長期的現象になる。景気対策で解決できる問題ではなく構造改革が急務だ。

人手不足のもとでの賃金下落は大企業の「零細企業化」が原因だ。利益の増加は零細企業から放出された低賃金労働者の雇用を増やしたからで、1人当たりの売上高でみる生産性は低下し日本経済停滞の要因でもある。

「人手不足」なのに名目賃金の下落が続く根本には、零細企業の経営不振がある。減量経営で非正規雇用が増えたり放出された従業員が大企業で低賃金のまま働いたりすることで全体の賃金も下落した。

米中貿易戦争による輸出減少などで製造業の売り上げや営業利益が減り、名目賃金も2019年は低下が続いている。日本経済が縮小局面に入り、海外経済の変動に脆弱な体質が浮き彫りになった形だ。

政府が掲げる「全世代型社会保障改革」は全世代が負担を負う改革にすべきだ。人口構造の変化で、若者層が負担し高齢者が受益を得る世代間移転は難しくなっており、高齢者の負担増・受益減は不可避だ。

最終段階の免税事業者は消費増税で便乗値上げをすれば「益税」を得る。推計で総額6000億円程度だが、不明瞭な優遇策であり、生産性の高い課税事業者が競争上不利になり、経済の非効率が温存される。

インボイスは力の弱い事業者が消費税を確実に転嫁できるシステムだ。零細事業者を免税制度で守る間違ったやり方をしたため、その既得権益をなくすのは政治的抵抗が強いが、導入は避けて通れない。

消費税では2023年から前段階でかかった消費税を控除する仕組みとしてインボイスが導入されるが、免税事業者はインボイスが発行できないため、中間段階の取引から排除されるなどの問題が起こる。

消費増税で食料品は8%の軽減税率が導入されるのに、価格が上がることも考えられる。標準税率が10%に上がったので免税業者の税込仕入額が増え、それが販売価格に転嫁される可能性があるからだ。

消費増税の負担を軽減する狙いで軽減税率が導入されるが、免税の零細事業者は、利益が減ったり売り上げが落ちたりする可能性がある。アベノミクスのもと売り上げ減少が続く零細事業者には深刻だ。

非正規雇用の世帯主が高齢化すれば、老後は生活保護に頼るしかない。2040年には高齢者世帯の生活保護率は10%を超え、現在の4倍になる。対応するには消費税率を13%に上げる必要がある。

就職氷河期世代の非正規社員の正規化を図る支援策は、非正規雇用の数に比べ求人数が少な過ぎるなど、政府の「アリバイ作り」のように見える。そもそも特定の世代だけを支援するのは不公平だ。

財政検証は楽観的な経済前提になっており制度維持には年金支給開始の70歳引き上げが不可避だが、この場合、「老後の必要貯蓄は3125万円」。大半が生活資金を賄えず定年延長などの対応が必要だ。

年金財政検証は「所得代替率50%維持」が可能とされたが、物価や実質賃金の上昇率などが楽観的な前提になっている。「100年安心」のためには支給開始年齢70歳への引き上げが不可避だ。

年金財政検証が来週にも公表され、制度の「百年安心」は今回も維持される見通しだ。だが実現できるかは、消費者物価や実質賃金の上昇率などの経済前提が現実的かどうかだ。それは今回も怪しい。
