
森田京平
日本銀行は6月の金融政策決定会合で新たな国債買い入れ減額計画を決めたが、金融政策の正常化を目指す日銀にとって政策金利を中立金利に近づけることだけでなく、異次元緩和策などで拡大したバランスシートを最適水準に戻すことが重要課題だ。そのメルクマールとして最適な準備預金残高、いわば「もう一つのr*」が重要性を増している。

日本銀行は5月「展望レポート」でトランプ関税の影響を盛り込み2025年度の実質GDP成長率を下方修正する公算が大きい。金融政策運営は、輸出減少などによる企業収益悪化や個人消費下振れによる景気底割れを回避することに注力される見通しで、追加利上げは、政府の経済対策や来年度予算での対応が整う26年1月の1回になると筆者はみている。

日本銀行はどこまで利上げを進めるのか。到達点のめどとなる中立金利は、需給ギャップと予想インフレ率のそれぞれの評価が、人手不足やこのところのコメ価格急騰もあって推計が一段と難しくなっている。こうした中でも実質金利のマイナスは当面、続く見通しで日銀は「緩和の調整」を目的に2回追加利上げをするだろう。

2025年の日本経済を展望すると、値上げ、賃上げ、利上げという「三つの上げ」の常態化が期待される。そのもとで、民間内需が主導する景気の「国産化」と賃金がけん引する物価の「国産化」が進み、いよいよ「普通の経済」への移行が視野に入る。日銀は3月と10月、26年3月の利上げに向かうだろう。

日本銀行は10月の金融政策決定会合で政策金利を据え置いたが、同時に公表した展望レポートや植田総裁発言からは、物価の基調や賃金などが日銀の見通しに沿って進んでいることや政策判断がファンダメンタルズをもとにできる環境になっていることが示唆される。「12月利上げ」がメインシナリオだ。

7月勤労統計で名目、実質賃金ともに2カ月連続で前年比プラスとなったのは、夏のボーナスが増えた一時的な要因もあるが、労働人口減少による人手不足や転職などの労働移動の増加、ソフトウエア投資による労働生産性上昇が化学反応を起こし、従来と違う賃上げに持続性を与える要因となっている。

日本銀行の追加利上げの重要な鍵は企業や家計のインフレ予想だが、6月の日銀短観を見ると、企業の「1年後」「3年後」「5年後」の予想インフレ率は安定度を増し物価目標の2%への収束が読み取れる。だが家計の物価への不安は払拭されておらず、7月の追加利上げの可能性は少なそうだ。

33年ぶりの高さとなった春闘賃上げ率や17年ぶり利上げに象徴されるように、日本経済は「値上げ」「賃上げ」「利上げ」で長い停滞から「普通の経済」に戻る足掛かりを得た状況だが、「3つの上げ」が定着するためには、企業がヒトへの依存度を適切に下げられることと労働生産性を持続的に引き上げられるかどうかが鍵になる。

日本銀行は春闘の高い賃上げ率を踏まえてマイナス金利解除や無担保コールレートを政策金利として「0~0.1%」の誘導レンジとすることなどを決め、金融政策の正常化に踏み出した。今後は「賃金→物価」の波及を確認しながら10月には追加利上げが予想される。ただし2025年は円高でインフレ率の鈍化が予想され、追加利上げは見通せない状況だ。

2024年の日本経済は、「賃金・物価の好循環」の進展と「失われた30年」からの覚醒という2つの可能性を展望できる年となりそうだ。労働人口減少などの人口動態の変化と資本効率を高める経営を求める市場圧力が背景にあり、その先には労働力が伸びない中でも、資本ストックや技術などにけん引されて成長する日本経済の姿を見通すことは夢物語ではない。

日本のインフレは食料品価格が主役で輸入物価や円安など対外要因の影響が考えられる。日銀が物価目標実現で「賃金・物価の好循環」を重視するのは、労働分配や消費者の購買力の増加などインフレの「原因」を日本経済に根付かせることにあるからだ。

マイナス金利解除の可能性に言及した植田日銀総裁のインタビュー発言は円安の急伸に歯止めをかけるのが狙いだ。経済情勢や物価見通し重視の姿勢の下で今後、インフレ率低下が見込まれ政策変更時期は24年10~12月期というのがメインシナリオだ。

日銀がYCCを修正する場として7月の金融政策決定会合が有力だ。今後の金融緩和策は日銀の見通しに対して物価が上振れするリスクとの共存が求められ、これがYCC修正の政策的意義を高める。7月、遅くとも年内に修正に踏み出すことが見込まれる。

日銀の物価見通しで2024年は2%インフレ到達が示されているが、植田総裁が政策転換に慎重なのは、2%インフレ実現は、需給ギャップ改善などよりも予想インフレ率の上昇を前提にしているからだ。この考えは直近の総裁講演録で明らかだ。

再燃した欧米の金融不安の悪化を防ぐには3つの点についての冷静な分析と判断が重要だ。当面はインフレ警戒の金融引き締めと金融不安拡大を抑える流動性供給の微妙なバランスが求められる。

日本銀行の政策変更は、経済のファンダメンタルズだけでなくYCCの副作用や政治との関係など四つの要因が複雑に絡む。分析すると、政策金利水準の引き上げは早くて2024年初頭がメイン・シナリオだ。

日銀はYCCの長期金利変動幅拡大を皮切りに、副作用と物価などのファンダメンタルズへの対応を峻別してYCC解除に進むと考えられるが、物価判断の変更での利上げは24年以降になりそうだ。

インフレは裾野の広い「マクロ型」とそうでない「ミクロ型」があり、処方箋は違う。日本はミクロ型であり、電気・ガス補助金のような財政政策を通じた個別品目の価格抑制と日銀のYCC維持は正当化しうる政策だ。

インフレが続く米国だが、家賃が物価の基調と連動すること、家賃に1年~1年半先行する住宅価格の上昇ペースが横ばいし始めたことを踏まえると、FRBは23年後半には利下げに転じるというのが、有力シナリオだ。

ウクライナに軍事侵攻したロシアに対する経済制裁などの「脱ロシア」の動きは、「脱炭素」と同様にインフレの高止まりにつながる。中央銀行に従来の政策判断のモノサシの修正を迫ることになる。
