――今後の映画作品製作の在り方はどう変わるでしょうか?さまざまな意味で製作のコストは上がることになります。投資回収できるのでしょうか。

 ものの作り方を変えざるを得ない。具体的に言えば、莫大な予算をつぎ込んで何年もかけて超大作を作っていればいいという時代は、終わりを迎えると思います。いわば「サグラダファミリア」のようなものの作り方に生涯を懸ける覚悟を持つのは尊いし、希少性もあるとは思います。ただ、世界でもそれを続けることができる主体は、リスクを取れるハリウッドなどに限定されるでしょう。作品も特定のマーケットで確実に売れると分かっている、限られたものだけになるでしょうね。

別所哲也Photo by Jun.Takai/Photocompany

 代わりに増えると思われるのが、コストをかけずにスピーディーに製作して投資回収する、いわば“燃費のいい”ショートフィルムです。3億円の大作映画を1本ではなく、3000万円の短編映画を10本作って公開し、売り上げが同じならよしとするような形が増えるのではないでしょうか。

 ベストセラーになった原作を3年かけて巨額の予算で映画化するということは、これまでもたくさんありました。でも、映画ができる3年後に、顧客はまだその原作に関心を持ち続けて見に来てくれるでしょうか?映画のスピード感覚を上げなきゃならない。限られた人が作る超大作と、それとは対極にあって毎日毎日わーっと生み出されていく小ぶりな作品に、二極化していく。当然玉石混交になりますから、キュレーションや目利きのサービスも必要になります。

 その意味では、YouTubeもショートフィルムの一種です。恐らく、相当の物量が今後動き、マネタイズ手段として配信されるようになる。よりクリエーティブで、短くて燃費が良く、フットワークの軽いコンテンツで、それが時代性を映しているものをYouTubeが担うという形になる。

――えっ、YouTubeが映画の代わりになるのですか?

 はい。実際にコロナ禍でYouTubeに自分のチャンネルを持つ映画監督がむちゃくちゃ増えましたよね。役者でも斎藤工くんとかがチャンネルを開設しているし。YouTubeは今まではサブカルチャーの場というイメージがありましたが、コロナ禍で参入する人が激増して、流通しているコンテンツの量も内容もだいぶ変わった。映画やテレビに関与している人は、いわば城塞都市にいる選ばれた人というイメージがありますよね。そういう人が城塞から出てYouTuberになるというのは、一見“下野”みたいなイメージがあるかもしれません。ただ城塞の住人も、自分のマインドをリセットして、こうしたいろんなもののるつぼの中に身を投じた方が金になると分かってきたんです。

――例えばYouTubeで配信された映画がアカデミー賞を受賞したりする時代が来るのでしょうか?

 僕はそうなると思います。ついこの間まで「ネットフリックス公開の作品はシネマと認めない」とみんな言ってたわけです。スティーブン・スピルバーグ氏もロバート・デ・ニーロ氏も大反対していた。でも、ネットフリックス配信の「ROMA/ローマ」はアカデミー賞を受賞した。(「ゼロ・グラビティ」などを監督した)アルフォンソ・キュアロン氏という、一級の映画監督が作った素晴らしい作品を、その出口がたまたまネットフリックスだからといって「これはシネマではない」と排除する理由は何もないわけです。同様に、シネマにいた人がYouTuberになって表現したものが、時代を映す斬新なテクニックと物語性を持っているのなら、それはシネマと評価されてもおかしくないのではないか。「本当のシネマとは何か」という哲学こそが問われるべきで、それはみんなが考えなければならない問題です。

 この議論は例えば「ラノベ(ライトノベル)は小説ではない」「Vシネマやテレビ映画は映画ではない」のように昔からあったんですよ。でもこれっておかしな話ですよね。例えるなら、歌舞伎俳優がミュージカルを見て「あれは演劇ではない」と言うようなものです。いや、つながっていますよね、歌舞伎だってそもそも“ミュージカル”だし。「2.5次元舞台(漫画、アニメ、ゲーム原作の舞台化)は舞台じゃない!」というけど、いやいやそれを言うなら宝塚歌劇団はもともと最初から2.5次元でしたよね?と。こういう誰かが決めたセグメントは、ある一定期間は正しかったのかもしれないけれども、今はそうじゃないのではないか。ファイアウオールをいろんなところで取っ払っていく必要があります。

――コロナ禍は旧態依然としたものを壊す禍でもあった。

 コロナ前から変わる必要性が見えていたものの、なかなかギアチェンジできなかったものが、コロナで変わらざるを得なくなったということです。ネットフリックスやアマゾンプライム・ビデオでの配給が普及することも、映画館以外で稼ぐ手段を模索すべきだということも。コロナがなくても、本来自分たちの力で変えなければならないことだったんですけどね。芸能界でも、それぞれやり方は違うだろうけど、変わらなきゃと思っている人はいっぱいいる。後世に振り返って「時代が転換したのはあそこだったね」と言われるような変化が、これからどんどん起きていくのではないでしょうか。

Key Visual by Noriyo Shinoda