早大鵬志会が急速に台頭
「現場主義」が心つかむ
勢力を伸ばしているのが、早稲田大学鵬志会である。鵬志会は1987年、当時学生だった和田有一朗衆院議員(1期、日本維新の会)が立ち上げた政治サークルである。
雄弁会と同じくコロナ禍でここ数年は部員の獲得に苦戦したものの、昨年、今年と約70人の新入生を確保し、全体でも200人近い部員数を誇る。これは雄弁会の5倍近い規模に当たる。
「現場・現実主義」を掲げる鵬志会の活動のメインは、まさに政治の現場だ。具体的には、政治家のインターンなどとして日々の活動や選挙を手伝ったりする。インターン先は、松野博一官房長官や小池百合子東京都知事ら有力政治家の事務所だ。政治の現場を体験したい学生にとって魅力となっている。
一方、弁論部である雄弁会の活動の柱は三つある。弁論活動の「演練」に加え、勉強会などの「研究」、そして実際の政治を体験する「実践」である。
演練とは、自らテーマを選んで弁論を推敲し、年10回ほどある弁論大会に出場する活動だ。リサーチを含めた推敲作業そのものが極めてハードな上、弁論大会では、やじも飛び交う中で、弁論によって聴衆を説得することが求められる。
さらに、質疑応答の時間も設けられ、聴衆から容赦のない質問が飛ぶこともある。質問に的確に答えられなければ、さらにやじを浴びる。伝統ある弁論はかくも過酷な活動なのだ。
雄弁会の島倉奏太幹事長は「演練は雄弁会の活動の柱。少なくとも部員1人1本はやってほしいと思っている」と話す。しかし、厳しい弁論を敬遠し、鵬志会に流れる学生は少なくない。
かつては、政治家を目指し、雄弁会に入るために早稲田に入学した学生は多かった。もちろん、そうした現役生は一定数存在するものの、かつてと比べれば一握りだ。一方、ある鵬志会OBはこう打ち明ける。「政治家を目指していて、鵬志会に入るために早稲田に入学した」。
現在、早稲田の政治系サークルでは、雄弁会と鵬志会に、勉強会などの活動を中心とする政友会を加えた三つが主流だ。一昔前の雄弁会が栄華を極めていたころに比べれば、序列は大きく変化したといえる。
実は、早稲田の永遠のライバル、慶應義塾大学の弁論部はここ数年存続の危機にあった。
日本に初めて演説や討論を紹介した福澤諭吉が創設した慶應では、弁論部が1876年に設立された。日本最古の弁論部でもある慶應弁論部に何が起きていたのか。