日本政府が、2021~23年度の3年間で半導体支援に確保した予算は4兆円。すでに国内では2兆円規模の支援金を投下した。政府主導で、台湾積体電路製造(TSMC)の熊本工場や、最先端半導体ラピダスの工場建設などへの巨額投資が次々に打ち出されているが、この中でソニーグループが計画する半導体の設備投資への財政支援だけが、財務省から阻止された。一体何があったのか。特集『狂騒! 半導体』の#1では、日本政府の狂乱的な半導体支援の水面下で起こっている生々しい実情をレポートする。(ダイヤモンド編集部 村井令二)
TSMC誘致で決定的な役割果たしたソニー
デンソーに続いてトヨタが合弁参加の「深層」
2021年初頭。経済産業省で半導体産業を所管する商務情報政策局に驚きの情報がもたらされた。「レガシー製品の工場なら、国の支援を前提にTSMCが日本に来るかもしれない」――。
その情報を提供したのはソニーグループ上席事業役員で半導体事業を統括する清水照士氏と、官庁との渉外を担当する執行役専務の神戸司郎氏。東京都港区のソニーグループ本社で、2人の話に驚愕していたのは、商情局情報産業課長(当時)の西川和見氏とデバイス・半導体戦略室長(同)の刀禰正樹氏だった。
ソニーは半導体イメージセンサーの製造でTSMCからロジック半導体を調達している。だが、その頃から世界を襲い始めた半導体不足で安定的な調達が危ぶまれ、清水氏は、ロジックチップの安定供給を求めて台湾を訪問。TSMC幹部と面会した際に、日本進出の意向が密かに伝えられたのだ。
TSMCにとって、ソニーは日本市場における“最大の上客”だ。「ソニーが十分な量を確保するなら日本で半導体工場を建設しても構わない」。それがメッセージだった。
だが、それには条件があった。あくまでTSMCが日本で想定するのはソニーのセンサー向けの回路線幅28ナノメートルの旧世代の工場だ。さらに新たに償却負担を発生させて新工場を立ち上げるならば「国の補助金は絶対」ということだ。
実は、経産省は19年夏頃からTSMCの誘致交渉を水面下で進めていたが、この重要情報を受けて戦略を練り直す。当初、経産省が狙っていたのは「5ナノ」で、あくまで最先端にこだわっていた。
だが、日本には最先端ロジックの工場を必要とする需要がない。交渉が行き詰まる中で、区切りが付いたのは20年5月。まさにトランプ米政権がTSMCの5ナノ工場の誘致に成功した。
これにより日本政府は「完敗」だったが、ソニーがもたらした情報で、TSMC意向が明確になったというわけだ。こうして始まったのが、ソニーの熊本工場の隣接地にTSMCの工場を建設する巨大プロジェクトだ。21年10月、TSMCは日本への工場進出を表明することになる。
それから3年。2月6日、TSMCは熊本県で第2棟目の工場を建設すると発表した。27年末の稼働を目指す半導体工場の回路線幅は先端の6ナノだ。日本政府は粘り強い交渉の末、当初の狙い通りに「シングルナノ」の工場誘致に成功した。
熊本工場の運営会社のJASMへの出資はソニーだけではなく、22年2月にはデンソーが参画し、今回トヨタ自動車が新たに出資する。実は経産省は、ソニーとTSMCの合弁プロジェクトが21年に始まった当初から、トヨタの出資を呼び掛けていた。それがようやく実現した格好だ。
TSMC誘致から始まった日本政府による半導体産業への巨額支援は拡大の一途を辿っている。だが、その功労者であるソニーへの支援は実現していない。次ページでは、水面下で起こっている生々しい実情をレポートする。